4  ―〈勇気の棍(カレッジクラブ)〉―

「教員紹介は以上だ。さて、それでは始めようか。今回のメインイベント、選定式を」


 その宣言に呼応するように、体育館全体が再び熱気で満たされる。


「本学園の生徒は四つの寮のいずれかに所属する。選定式とはすなわち寮分けだ。だがこの学園で寮分けを行うのは我々教員でも在校生でもない。諸君らが自らの意志で選びたまえ。己が所属したいと望む寮を。それでは、寮生代表たちにここからの進行は任せよう。諸君、納得のいく選択ができることを祈っているよ」


 拍手に見送られて学長がステージを降りる。と同時であった。


「ありがとうございました、学長。それじゃあ、ここからは僕たちが進行を」

「待てスティーヴ、何故お前が仕切る? そもそもお前はここにいるべきではない。すぐに彼女を呼ぶべきだ。お前では新入生の心は動かせん。きっとな」

「そういってやるな、ゴーウェン。君は厳し過ぎるぞ。原則寮生代表というだけで、寮の紹介なんて年長者であれば誰がやっても構わないと、私は思うがな」

「そんなことよりも、みんな見て見て! やっぱりいいね新入生は! 目の輝きが違うもん! あれだね。夢と希望に溢れてるってやつだね!」


 学長と入れ替わるように四人の学生がステージへと上がってきた。寮生代表たちだ。仲は良いのか、勝手に盛り上がっている彼らの賑やかな様子につられて、新入生の緊張も自然と緩む。


「お、そうそうその調子。皆リラックスして。そんなに気負う必要はないよ。大丈夫。どの寮でも楽しいはずさ。まず始めに、四つの寮についてそれぞれの代表者が順番に説明するから、しっかり聞いておいてね。じゃあ最初は僕から」


 ステージ上の四人の内、スティーヴと呼ばれた青年が新入生へ呼びかける。アイドル並みに整った顔立ちに二メートル近い長身。オレンジに近い茶髪は彼の明るい性格を反映しているようで、その親しみやすい言動には相手の心を開かせる不思議な力があった。頭上の応冠は純白で、サークレットから伸びた四本のハーフアーチが立体的な構造を生み出している。


「おはよう皆。僕はスティーヴ・ハースト。『秘奥の心ヒドゥンハート』 、通称ハート寮の寮生代表」

「の補佐だろう。お前は」

「おおっと、ばらすなよゴーウェン。自分で言いたかったのに」


 スティーヴの発言を訂正するように割り込んだゴーウェンは、少々目付きが悪いものの精悍な顔立ちだ。彼の体躯は頑健そのもので、捲られた袖から覗く腕は巌のような逞しさである。そして、彼の応冠は髪色と同じ黒のサークレット。その表面は、紋様で描き出された大小様々な立方体で覆われゴツゴツと荒々しい。


「というわけで、まだ代表が来てないから最後にもう一度説明するよ。ちなみにうちの代表は、賢くて強くて綺麗で格好良くて『ハートの姫君』って呼ばれてるんだ。だから皆お楽しみに」

「で、そのハイスペックなお姫様は何故まだ来ていない? 在校生は参加自由とはいえ、寮生代表は当然来るべきだ。そうでなければ他の寮生に示しがつかん」

「んー、多分まだ寝てるけどそろそろ起きてくるはずさ。昨日ヨーロッパ遠征から帰ってきたばかりで時差ぼけがきついみたいだね」

「はっ、眠り姫ということか」

「ちなみにこれ、旅行じゃなくて社会貢献活動だから」


 鼻で笑うゴーウェンに対抗するように、どや顔のスティーヴがわざとらしく鼻から息を吐く。


「ほう、 新年度早々抜け駆けか。せっかくの長期休暇こそ十分な休養を取るべきだ。特にあのお姫様は無理をし過ぎる傾向があるからな。このままではガタが来るぞ。そのうちな。あと社会貢献は素晴らしいが、何もやってないお前が自慢することではない」


 腕を組んで的確な指摘をするゴーウェン。そこに横から声がかけられる。


「おーいゴーウェン。二人で親睦を深めるのも良いが、そろそろ寮の紹介をして欲しいね」

「そうだよ! そんなに遅いと、わたしからやっちゃうよ!」

「おっとすまない、アース。エステラも。他の寮のこととはいえ、正さずにはいられなかったのだ。それがどんなに些細なことであってもな」


 ゴーウェンはそう謝罪してから新入生の方へ向き直る。宣誓でもするようにその太い右腕を掲げ、周囲の視線を集める。


「俺はゴーウェン・バッシュ。『勇気の棍カレッジクラブ』、つまりクラブ寮の代表としてここにいる。我らクラブ寮は、日々の努力こそ美徳と考え、それを支える心身の精強さを大事にしている。新入生に断言しよう。親元を離れたここでの生活はとても自由なものになる。だからこそ厳しく自分を律するべきだ。怠けることは楽だが、そうして過ごした時間には何も残らない。一度きりの人生。毎日少しでも何かを得て、昨日より成長した自分になるべきだ。そうやって小さな努力を積み重ねることで、いつか大きなことを成し遂げられる。必ずな。この考えに賛同できる同志の入寮を強く望む。以上だ」


 自然と新入生の間で拍手が沸き起こる。厳しい口調ながらも彼の力強い言動は、新入生たちに頼もしく見えたようだ。




「成る程な。これが選定式か」


 ゴーウェンの演説後、五分程度設けられた質問時間。選定式になんとか間に合ったクライドはようやく状況を理解した。腕を組んで格好付けているのはただの見栄だ。本当は遅刻のせいで新入生たちの輪に入りづらいだけである。お陰で体育館のフィールド隅っこから動けない。


「補足しておくとクラブ寮はスポーツが得意よ。寮の一階にジムもあるし」

「へー。寮なのに充実してるんだな」


 ミーゼは在校生のはずだが、観客席に戻らずクライドの隣で解説してくれている。元々世話好きな性格なのか、クライドが無知すぎて見ていられなかったのか。いずれにせよ良い奴なのは間違いない。


「スティーヴだったか。さっき社会貢献活動のことを自慢してたけど。もしかしてこの学園、ハウス制度なのか?」

「ええそうよ。生徒が学業やスポーツで良い成績を取るとか、ボランティアとかで社会貢献をすると、所属している寮にハウスポイントが与えられるの。そして一年間に獲得したポイントを寮同士で競い合うってわけ。まあ一位になっても賞品とか貰えないから、必死に目指す必要はないわ。でも恩恵も少しはあるから、今回も他の寮に譲る気は無いんだけどね」


 彼女の誇らしげな口調で、クライドはなんとなく察してしまう。


「その口ぶりだと去年は一位を獲ったみたいだな。あれ? そう言えばミーゼはどの」

「しー、静かに。そろそろ次の紹介だから、ちゃんと聞きなさい。話はまた後でね」

「……おう」


 聞きそびれてしまった。やっぱり気になるが、一旦意識をステージに向ける。

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