第一章 崩壊あるいは萌芽 Down or Dawn

1  ―二人―

 九月四日。夜明け前の午前六時。アメリカはマサチューセッツ州、ボストン市を囲うように通るルート一二八沿いの某先端技術研究施設。そこに併設された大きな広場の隅には、背丈の違う人影が二つ。どちらも子供のようだ。

 良く手入れされた芝生に二人は並んで腰を下ろし、仲良くおしゃべりをしている。いや正確には、話しているのは黒衣を纏った黒髪の少年で、白いワンピースの少女は膝を抱えて黙々とそれを聞いていた。プラチナブロンドの前髪が目にかかっているが、彼女が気にする素振りはない。

 二人ぼっちの世界。彼らの頭には冠が輝き、どこかのおとぎ話を思わせる幻想的な光景だ。

 キラリと空が煌めくのを少女が指差す。頭の動きに合わせて、彼女の金のティアラが揺れる。


「ん、あれかい? あれは明けの明星。金星だよ」


 意図を察して優しく説明する少年の頭上、繊細なガラス細工のような荊冠が静かに浮かぶ。

 次第に夜が明ける。空に光が満ちて万物が色彩を取り戻す。それでも色褪せたままの世界で、二人だけが鮮やかに際立っていた。


「さてと。そろそろ行くよ」


 隣に座る少女にそう声をかけ、少年は立ち上がる。彼が黒いローブを深く被って、冠だけでなく目元すら覆い隠すと、傍らの少女が追い縋るようにローブの端を掴んだ。

 その、まだあどけない子供の仕草に、少年の口から思わず笑みが零れる。


「大丈夫。少ししたらまた戻ってくる。その時は必ず、彼女を連れてくるから」


 そう言って少女の頭を撫でると、彼女はこくりと頷いて手を離す。納得してくれたようだ。


「この世界はずっと欠けている。だからもう、終わらせるんだ」


 宣誓を口にして、広場の中央を見詰める。

 そこに鎮座するのは記念碑だ。つるりとした表面の巨大な球を模したオブジェ。その天辺は弾けるように波打ち、ミルククラウンを象っている。

 右手を伸ばす。記念碑の真上、その虚空へ向けて。まるで何かを掴もうとするように。

 それは天界より垂らされた蜘蛛の糸。悠然と構える、空から吊り下げられた規格外の巨塔。



「待ってて、ルイーズ」


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