ROUND1・後編 優雅なお茶会


 サーシャはミランダと丸テーブルを挟んで座っている。


 メイドたちがお茶の用意を済ませて客間から出て行ったところだ。


「ではサーシャ様、頂きますわ」


「どうぞ、ミランダ様」


 お互いにティーカップの紅茶を口に運んだ。


「うーん。我がベネデッティ家の最高級の紅茶に比べると、風味の点で少々――。あら、ごめんなさい。充分美味しいですわ。及第点くらいには」


 嫌味なマウントだこと。

 でもそれは想定の範囲内よ。


「お恥ずかしいですわ。大事なお客様であるミランダ様にそんな紅茶を出してしまうなんて。あとできっちりメイドを叱っておきますわ」


「お気になさらないで。メイドの方が可哀そうですもの」


 ミランダが勝ち誇った表情で、再びティーカップを口に運んだ。


「そうも参りませんわ。ちゃんと風味の変わらない致死毒を入れろと申しつけてありましたのに」


「ブフーッ!!」


 サッ。ビチャッ!


 テーブルに置いてあったミランダの扇を掴んで、噴き出された紅茶をガードした。


「ど、毒?」


「もちろん冗談ですわよ。あら? せっかくの扇が台無しだわ。ごめんなさい」


 汚れた扇を手渡すと、ミランダがほおをひきつらせた。


「ヒクっ。おほほ。気になさらないで。代えがありますの」


 ミランダが指をパチンと打ち鳴らした。

 やってきた侍女に汚れた扇を回収させて新しい扇を受け取っている。


 代えがあるにしても、わざわざ持ってきたの?

 平静を装いながらパタパタとあおぎ始めたわ。

 でも苛立ちを必死で抑えようとしているのが隠せていないわよ。


 くくく。マウント、取ったわね。


「それにしてもミランダ様ってば。『ブフーッ』だなんて、はしたないですわ。ププ」


「くっ。毒を入れたなんて言われれば、誰でも動揺しますわよ」


「あらあら。冗談なのは明白ですのに。アーゼリオ家は歴史ある名家。お客様に毒を盛るような卑劣な真似は許されませんもの。貴族になったばかりで歴史の浅いお家ではどうか知りませんけど」


「何ですって? ベネデッティ家が貴族になって十年足らずとは申しましても、そんな物言いをされるのは心外ですわ」


「わたくし、ベネデッティ家のことだなんて一言も申し上げておりませんわよ? アーゼリオ家が王族に連なる誇り高き名家と言いたかっただけですわ」


 本当は成り上がりのベネデッティ家を思いっきりディスってるけどね。


「アーゼリオ家と出自が異なるのは確かですわね。ベネデッティ家は豪商の父が王家から爵位を購入して貴族階級を取得したばかり。新参であることはわきまえておりますわ」


 でしょ。そんな家系のくせにでかいつらするんじゃないわよ。


「コホン。ラララ~♪ ベネデッティ家の爵位は王家から購入~♪ 爵位を授ける資格のない元王家じゃなくて現役の王家から~♪ 何代も前に王家から派生したどこぞの分家の人なんて王様に謁見しても~♪ 『ひょっとして昔誰それの法事で会ったかのう?』とか言われる程度の希薄な関係~♪」


 こっ、こいつ。

 アーゼリオ家が王家の遠縁とおえんに過ぎないとさえずりおったな。

 しかも扇で振りまでつけながら。


「ちなみにこの歌には~♪ 特定の家を蔑む意図は含まれておりません~♪ ララ~♪ はっ。ごめんなさい。ベネデッティ家に代々受け継がれてきた伝家の歌を、つい口ずさんでしまいましたわ」


 そんな伝家の歌があってたまるか!

 しかも代々受け継がれてきたって。

 貴族になって代替わりもしてないでしょ。


「そういえばアーゼリオ家にお邪魔するのは初めてですけど、素敵なお屋敷ですわね」


 む? 畳み掛けてくるつもりね。

 褒めて持ち上げたところから、どうやって落としにくる?


「お褒めに預かりまして光栄ですわ」


「本当に羨ましいですわ。お屋敷もお庭もこじんまりとしていて、楽チンに移動できて」


 ああん?


「失礼。ベネデッティ家の屋敷や庭園が広すぎるだけでしたわ。移動も大変ですし、使用人も覚えきれないくらい必要で少々持て余し気味ですのよ。うふふ」


 この成金一家が。


「ベネデッティ家のお屋敷のお話、聞き及んでおりますわ」


「ふふ。少しくすぐったくなってしまいますわね」


 ミランダが得意そうに紅茶を口に運んだ。


常々つねづね噂になっておりますわ。覚えきれないくらい数の多い使用人にスパイを潜り込ませて、料理に毒を仕込むことなど造作もないと」


「ブフーッ!!」


 サッ。ビチャッ!


 ミランダの噴き出した紅茶を再び扇でガード。


「冗談ですわ。商家出身の脇の甘そうなネデッティ家に、ご忠告をと思いまして」


「ぐっ。それはご親切にどうも」


「王家ゆかりの者は、いざとなれば民のために戦う騎士。わたくしも身を守るすべくらいは心得こころえがございますの。幼少期に習いましたので」


 激嘘。数か月前に転生したばかかりだし。


「それゆえに体が勝手に動いて、ミランダ様の『ブフーッ』を、ミランダ様の扇でとっさに防いでしまいましたわ。また汚れてしまいましたわね。ごめんあそばせ。お返し致しますわ。ププ」


「ヒクっ、ヒクっ。心配ご無用ですわ。代えはまだまだありますのよ」


 ミランダがまた指を打ち鳴らして侍女を呼んだ。

 再び扇を交換している。

 いくつ持ってきてんのよ。この扇子せんす女。


 でも明らかに効いている、効いているわ。

 壮絶に悔しそうな顔をしているもの。うふふ。


「あら。そういえば」


 ミランダが立ち上がって指をパチンと打ち鳴らした。

 また侍女がやってきて何やら平たいケースを受け取っている。

 扇ではないみたい。同じ指パッチンで別の用事だと察したあの侍女、たいしたものねえ。


 侍女が下がるとミランダが近づいてきた。

 両腕に乗せている平たいケースの蓋を開けて中を見せてくる。


「サーシャ様にお土産ですわ。受け取って下さいまし」


 ケースの下地の型にはめられたネックレス、イヤリング、指輪など数多く並んでいる。


「こんなに高価なもの、受け取れませんわ」


 光モノにはたいして興味ないし。

 受け取り拒否すればこいつのメンツを潰せるし。


「いいんですのよ。本日お招き頂いたお礼ですもの。サーシャ様にお似合いになりそうなものを見繕みつくろいましたのよ。社交界で身に着ければ、ご婦人方がうらやむ品々ばかりですわ」


 つまりマウントを取れるということ?

 それならもらっておこうかしら。

 だけどもらった時点でこいつに恩を着せられてマウントを取られてしまうのはしゃくだわね。


「恩に着せるつもりなんてございませんわ。私とサーシャ様の友情の証として、どうか受け取って下さいませ」


「まあ嬉しい。それでは遠慮なく」


 友情なんてないけどな。


「はいどうぞ。きゃあっ」


 ミランダが突然転んだ。


「あら、大丈夫ですの?」


 ざまあみそらせと思いながら心配しているふりをする。


「心配いりませんわ。わたくしよりアクセサリーを」


 落としたケースから床にアクセサリーが散らばっている。


「そうですわね」


 あんたが立ち上がるのに手を貸したくないし。


 しゃがんでアクセサリーを拾い始めると、元の世界に居た頃のことが頭をよぎった。


 あの頃は高価そうなアクセサリーの写真をネットから拾ってきて、石油王の彼氏に買ってもらったとSNSにアップしていたわね。


 光モノ自体に興味はなかったけど、彼氏自慢やアクセサリー自慢をしているアカウントの女どもにマウントを取るために頑張っていたわ。


 今度はフェイクなしでマウントを取れるのね。


 胸の高鳴りを感じながら、指輪を拾い、ネックレスを拾い――。


「うふふ。拾え拾えですわ」


 はっとした。

 ミランダはとっくに立ち上がっている。

 そしてサーシャを見下ろしていた。

 嗤っている顔に扇で風を送りながら。


 やっ、やられた。

 奴からもらったものを嬉々として拾ってしまうとはなんたる不覚。


「ブブヅケ、お持ち致しました」


 しゃがんだまま固まっていると、メイドがシメの一品を運んできた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 テーブルの向かいのミランダが、嬉しそうにぶぶ漬けを食べている。


「そのぶぶ漬けには、実は毒が――」


「同じ手を三度までは食わなくてよ。ああ美味しい」


 ちいっ。


 最後の「拾え拾え」でかなり持っていかれた。

 けれど二度の「ブフーッ」でだいぶ引き離していたはず。

 マウントを取られるところまでは行っていないはずだわ。


 サーシャもお椀風の皿を木のスプーンですくった。

 ふん。即興で指示して作らせた割にはなかなかの再現率ね。


 お互い言葉も少なく、ぶぶ漬けを食べ続けた。


「「ごちそうさま。懐かしい味だったわ。 ん?」」


 ハモった気がした。

 まさかね。ミランダがこの料理のことを知るはずないし。

 向こうも不思議そうにこちらを見てはいるけど――。


「さてと。そろそろ失礼致しますわ」


 ミランダが腰を上げた。

 ひょっとしてぶぶ漬け効果?


「お客様のお帰りどすえ! 丁重にお見送りしておくんなはれや!」


 わたくし自身は見送りなんて、しいひんよ。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


【お嬢サ☆マウンティングファイト】

 サーシャ VS ミランダ

 ROUND1

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