■ROUND1 『全2話 前編/後編』

ROUND1・前編 転生令嬢二人


「はあ。やれやれですわ」


 アーゼリオ家の令嬢サーシャに転生して数ヶ月の私は、付き添いのメイドの話を聞いてため息をついた。


 来客が屋敷の玄関ではなく庭の入口で待ってる?

 めんどくさいわね。


 屋敷を出ると庭園を通り抜けてガーデンアーチを潜った。


 来客の侍女じじょがお腹の前で手を重ねた。

 馬車の御者ぎょしゃもハットを外して胸の前に構えている。


「あー、どうもどうも、ですわ」


 二人のお辞儀に軽く手を上げて応えた。


 停まっている馬車の扉を御者が開けた。

 乗っていた来客を降ろしている。

 その来客はおうぎで顔の下側を隠しながら地面へと降り立った。


 扇が折りたたまれて口元が見えるようになったわ。

 ふん。何をわらっているのかしら。


「ごきげんよう。サーシャ様」


「ごきげんよう。ミランダ様」


 お互いにドレスのスカートを軽く持ち上げて挨拶あいさつをした。


 ベネデッティ家の令嬢。

 ミランダ・ベネデッティ。


 過去に数回会ったけれど、毎回マウントの取り合いになったわ。

 今日はいつ始まるのかしら?


「まるで従者のような馬車前までのお出迎え、痛み入りますわ。――まるで従者のような。クス」


 はぁう!


「うふふ。もう始まってますわよ」


 ミランダが嗤いながら、再び扇で口元を隠した。

 おのれ。油断して先取を許してしまったわ。


 熾烈しれつなマウントの取り合い、マウンティングファイト。

 取りたくないとしても、何もしないでいればこっちが取られてしまう。


 いや。人のマウントを取りたくないなんてことは全然なくて、むしろ取りたくて仕方がないのだけどね。


 もちろん取られたら取り返すわ。


「遠路はるばるご足労そくろう頂いたお客様をお出迎えするのは、当然のことですわ」


「まあ。殊勝な心掛けですこと。――あら?」


 ミランダの横を素通りして、馬車馬ばしゃうまの顔をそっと撫でた。


「待っていたのよ。遠くから頑張ってきてくれたのよね。あなたは大事なお客様。干し草でもいかが?」


「む!?」


「あらミランダ様。いらしてたんですの? ごきげんよう」


 小声で呟くと、ミランダが怪訝そうな顔をした。


「挨拶ならもうしたじゃないの」


 ミランダが扇の陰で、他の者たちには聞こえないように囁いてきた。


「なんのことかしら。ああ。『ごきげんよう。ミランダ様、の馬のムツゴロウ君』とは言いましたわね」


「う、嘘おっしゃい! それにうちの馬は、そんな名前じゃなくってよ!」


「あら失礼。ミランダ様への挨拶が、お馬さんより後になってしまったことと合わせて、お詫び申し上げますわ」


「ぐぬっ!」


 ふふん。取り返したわ。


「あんなに近くで親しげにおしゃべりなさって」

「仲のお宜しいこと」

「ご両家にとっても喜ばしいことですな」


 当家のメイド、それにミランダの侍女と御者が微笑んでいるわ。

 こちらの会話は聞こえていないみたいで何よりね。

 マウントの取り合いをしているのがばれて親に伝わってしまったら怒られちゃうだろうし。


 ミランダから離れてメイドに近づいた。


「馬車の停留場所へ案内を。それからお付きの方々には休憩して頂いて。ミランダ様はわたくしがお連れしますから」


「かしこまりました」


 その場に残ったのはわたくしサーシャとミランダのみ。


 風に吹かれた砂ぼこりが二人の間を流れている。

 そして丸い干し草がコロコロと通り過ぎていく。

 さながら撃ち合いの寸前の西部劇のように。


 マウントの気配――。

 ミランダが仕掛けてくる!


「そうだわ。言い忘れておりました。お招きに預かり光栄ですわ。楽しみにしておりましたのよ。どんなおもてなしをしていただけるのかしら?」


 招かれた自分は歓迎されてしかるべきと言いたげね。

 お客様は神様ですってか?


 あんたを歓迎する気なんて、微塵みじんもミジンコほどもないってのよ。


 母親同士が年の近い娘の私たちを仲良くさせたがっているだけなのは分かっているでしょうに。


 それにしても『次はこちらにお招きしてお茶会がいいわね。手配しておくから二人でごゆっくりと』だなんて。こちらの世界のオカンってば余計なことを。


「ご招待痛み入りますわ」


「いえいえ。お気になさらず。お母様の計らいですのよ。お母様の」


「うふふ。さすがサーシャ様のお母様ですわ。行き届いた方ですわね。お母様は」


 しくった。同じ返しが来た。


「あらあら。娘のわたくしも『お・も・て・な・し』の心、お見せ致しますわ。というわけで、ぶぶ漬けなんていかがかしら?」


 うちの転生元の世界の京都という街ではね、ミランダはん。

 ぶぶ漬け、つまりお茶漬けを客に出すのは、さっさと帰れという意味どすえ。


「ブブヅケ?」


「シメに出すことが多い料理ですのよ」


 ミランダが首をかしげている。

 こいつが知ってるはずもないか。

 ただ、大人しくなったのは幸いね。


「そろそろ屋敷にご案内しますわ」


 二人で庭園を歩き出した。


「もしかしてお茶漬けのことかしら?」


 ん? ミランダのやつ、今お茶漬けって言わなかった?

 私が言ってもいない日本語をミランダが知ってた?

 まさかね。


 それにしてもこいつ――。


「「大学でたびたびマウント取ろうとしてきたあいつに、ほんと性格そっくりだわ。マジ最悪。異世界転生する羽目になったのも、あいつとマウント取り合ってたときに雷に打たれたせいだし。そういえばあいつの方はどうなったのかしら? あら? なんだか独り言がハモっているような気が?」」

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2024年11月28日 07:00
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転生令嬢VS転生令嬢 お嬢サ☆マウントな三本勝負! 〜優雅なお茶会? 婚約破棄呪術合戦? 豪華客船レース? 三本ともマウントを取って完全勝利してみせますわ!〜 ジョイ晴 @joyharu

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