第9話【悪夢】

 悪夢とは、何度も見るくせに全く太刀打ち出来ないから悪夢なのだ。

 そして理想の殲滅兵器とは、悪夢でなければならない。

 邪悪ですら恐れおののき平身低頭して醒めることを祈ることしか出来ないもの。


 魔王からかつて聞かされていた。

戰場を奔り人間を蹂躙し、全てを奪う者たちに。


「悪夢? 我らが魔物は存在自体が人間どもへの悪夢ではないですか。人間どもの知恵を奪い取り、我らは自らの肉体、素養でもって高次元へと昇華してみせる。人間どもは吹けば崩れてしまいそうな体のくせに、一つの脳と2つの手、2つの足しかない。まして我らゴーレムよりも小さく非力。そんなやつらに、私がどう負けるのでしょうか?」


 大幹部──鋼鉄ゴーレムは、魔王の言葉を鼻で笑う。ありえない。天地が引っ繰り返ろうともそんなことは起きない。

 だが魔王はそんな彼を諌めるように告げる。


「それが不変であると何故言える?」

「は?」

「その根拠だよ。今キミが述べたことその全てだ」


 鋼鉄ゴーレムはそのガラクタを寄せ集めその辺に転がっていた石をくっつけただけの見た目にも関わらず、実に滑らかで器用にも腹を抱えて笑ってみせた。


「──は、は、ははは! 何をバカなことを仰いますか我らが魔王! 脆弱な輩に我らの、いいえ、こう言い換えましょう、この私の鋼鉄の肉体が破られることはありえない!」

「そうか」

「人間どもが作った勇者と言いましたか? そんな輩も所詮は人間の、そう、ニ ン ゲ ンが作ったちっぽけでカスでゴミのような兵器でしかない! 奴らが来たところで簡単に踏み潰してくれましょうぞ!」

「……期待しているよ。鋼鉄ゴーレム」


 魔王は転移魔法を用い、居城へとテレポートする。

 あとに残されたのは鋼鉄ゴーレムのみ。


「──クク、クククク……バカめが勇者ご一行。鉄を抑えられて武器も作れない連中で、我々にどう打ち勝つというのかね? ああ楽しみだ。奴らの血肉も全て我らが奪い取って魔王様に献上してみせようじゃないか。この鉱山迷宮でな!」


 ここには我らが精鋭無数の土塊集団がいる。

 周囲の鉄鉱石から力を吸い上げている。オマケに魔力も上質なものだ。

 負け筋などありはしない。

 そう、負けるはずはない。これまで通り立ち向かってきた者を磨り潰して終わりにしよう。


「ああ、そういえばこんなやつもいたなぁ。息子と妻に飯を食わせるんだ。生きて帰るんだって言った男が」


 ガラクタ置き場から転がり落ちていたロケット。その蓋が開いていた。

 中には写真があった。ソイツと、ソイツの家族のものだった。


「──愚か、愚かおろか実に愚かァ! 人間がぁ、そんな適当な理由で我に勝てるものか! ククク、フハハッ、ありがとうよぉ愚かな人類! お前のおかげで決意が固まった!

 踏み潰してくれる。愚かな人類の兵器、ぐちゃぐちゃにして我が魔王にとって一番の幹部となってくれる!」


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 蹂躙が始まった。


「なんだ、なんだアイツはァ!」

「ッヒィ!? ふざけんな、鉄を溜め込んで作った体のはずだぞ。それなのに、それなのにィ!」


 粉砕。破砕。総じて嬲り殺し。ゴーレム兵士達に今与えている仕打ちはハッキリ言って一方的な蹂躙でしかなかった。

 土塊や鉄鉱石、人間の作成した道具、……あるいは人間そのものを取り込んでいる彼らの肉体は硬い。だが、それだけだ。

 勇者が上手いこと足をかけて、関節部分に一撃を撃ち込む。それだけで一発で姿勢が崩れる。


「シルヴィア、こっからどうすんだっけ!?」

「ゴーレム族の弱点は頭です。そこを破壊してください」

「わかッ──」


 彼女の視線はただ一点、その頭部だ。ゴーレムが姿勢を立て直す前に握り拳が振るわれ、


「──ったァッ!」


 粉々に粉砕した。それが核だった。ゴーレムの肉体は粉々に解けていく。やがて崩れ去りただのゴミの山となった同胞の亡骸を見て、他の兵士たちが畏怖にも似た悲鳴をあげた。

 あり得ない。なんだこれは。ただの脆弱な肉袋でしかない人間相手にこうも苦戦している。いつもならば攻撃の通らない体を前に絶望し、怯え苦しみ泣き叫ぶだけでしかなかったというのに。

 自分たちが捕食者であったはずなのに、なんたるザマだと、動揺が広がっている。


「次! 消されたいのは誰!?」


 だがそれでも、戦意が挫けたわけではなかった。

 そして彼らはバカでもなかった。人間どもは二人しかいないのに対し、自分たちがまだ多数の方であるのだ。そこに気づいたとき、彼らは含み笑いを抑えきれなくなった。


「勇者様、回避を!」

「もう遅い! 【地這う魔手よ】!」


 ゴーレムの一体が唱えた魔法により、地鳴りとともに逆立つ大地。地の魔力と共に噴出した瓦礫が瞬時に勇者を飲み込んでいく。


「やったぞ! 【切り裂くは銀の塔】!」

「手こずらせやがって、【圧し潰すは黄金の顎】!」


 ダメ押しだ。我らを追い詰めたことを後悔しながら、血肉も残さず死んでいけ。人類ごときが我らに刃向かうなど、愚かにも程がある。

 逃げられない大地の棺の中、銀の刃で肉体を粉微塵に切り裂きながら、黄金の濁流がかける圧力によって骨すらも砕きつくす。やがて出来上がるのはミンチだ。

 だが幾ら人間でも取り込まないのはもったいない。こんな屑肉でも肉体の足しにはなる。それこそ骨なんて材料としてはまぁいい部類の方だ。


「アッ、が、ぎ、ぃ──」


 くぐもった声。苦しみのうめき声。やがてそれは小さくか細くなり消えていく。

 そら、血が染み出してきた。そして解けた大地の棺からは、かつて少女だった肉塊と骨の残骸がこぼれ出てきた。


 原型なんて留めているわけがない。

 べちゃ。何かがシルヴィアの足元に転がった。それは糸を引いていた。それはかつて勇者だった肉塊から零れ落ちた目だった。シルヴィアの方を向いていた。確かにそれは少し前までは生きていたモノ。


「そおら人間! お前の相棒はこの有り様になっちまったぞ?」

「ガハハハ! 我らに刃向かうからだ! どうだ、怖気づいたか? 我らの同胞にしてみせたように、貴様の勇者とやらも粉微塵の肉塊にしてやったわ!」


 勇者は死んだ。

 ゴーレム達は下卑た笑いを浮かべている。

 シルヴィアは動かない。──その場から微動だにせず、ただ眼の前に落ちてきた目を見つめている。

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【セーブ/ロード】で死に覚え無双! ~え?二人で全部覚えて全部対処すれば魔王討伐も楽勝ですよね?~ 月詠 @tukuyomi07

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