第5話【というわけで勇者、いざ冒険へ】
遥か昔から、魔物と人類は相争っていた。この世の全ての領土を、どちらかのものに塗りつぶすまでそれは終わらないとされている。
何のために戦っているのか。資源を得るためか。名誉を得るためか。食い扶持のためか。そのどれでもあったのだろうけれども、誰も答えることが出来ないのだ──何故、彼らは戦い始めたのだろうと。
かつてこの世が人類の領土だったというわけでも、魔物の領土だったというわけでもない。ましてどちらかが台頭していたところに、もう片方が襲撃したわけでもない。
誰も分からないのだ。だから、皆殺しにして終わらせるしかないのだ。
領土争いならば話し合いで決着をつければいいじゃないか。お互いに譲歩しあって生きていこう。こんなものはもううんざりだ。
その度に声が上がるのだ。父が殺された。母が犯された。子供が弄ばれた。祖父が、祖母が、友人が、恋人が──故に殺せ、報復しなければならない。
死んでいった彼らに報いる為にも、相手を必ず皆殺しにしなければならない。
利権でも利得の為でも無いのなら、この戦争を続ける理由は怨恨でしかないのだ。
「──だから、あたしが救わないと駄目なんだ?」
「ええ、そうです。勇者様」
あたしとシルヴィアは、町で人々から話を聞いていた。
目覚めた教会から歩いてかなり先にある人類軍の国の首都にして、最後の砦であるこの場所で、まずは救うべき人たちを直に視なければ覚悟も決まらないという意志に従った結果だ。
一刻も早く戦場へ行って、ヒトを殺す者たちを殺し尽くし、救わなければならないとは思うけれども──じゃあ、ただ殺せばいいだけなのか? と思う自分もいる。
だからこそ生で見る機会を与えてくれた彼女には、感謝してもしきれない。
「あち」
「話、続けても?」
「いいよ」
苦くて熱い飲み物、珈琲はどうも口には合わない気がする。彼女に言ったら子供舌ですね、と一切の遠慮なく言われたけども。
「しかし、人類を救うということは、人類の旗印になるということでもあります。ただ単に殺し続ければいいわけでもありません……そこで」
「そこで?」
ちら、と横目を見る。周囲に上手く溶け込もうとしているけれど、どこか明らかに浮いている薄汚れた少年が、シルヴィアに近づいているのを見逃さなかった。
その手が、彼女のポケットに伸びていた。あ、ととっ捕まえようとする前に、シルヴィアが盗人の手を掴んで締め上げていた。
「この少年の境遇から、聞いてみましょう」
「は、離せよ!! クソババア! い、いだだだ!?」
心なしかシルヴィアの手にこもる力が強くなったような気がする。栄養が十分に行き届いていないと思われる、少年の細腕では折れてしまうに違いない。
もうその辺にしておきなよと止めようとした矢先、どたどたと店の奥から走って出てくる男の姿があった。
「も、申し訳ございませんッ! ま、まさかコイツ、勇者様に対してまで不敬を働こうとしていただなんて!?」
「え、あ、えーっと、こ、この子? そこまで言われるようなことはしたかな──むぐ」
器用に空いている手で、シルヴィアがこっちの口を塞いできた。抗議の視線を飛ばすも、話を聞く様子もなく彼女が話の主導権を握った。
「店主。この方は?」
「こ、コイツは、この辺を荒らしてるスリです。色んなやつが、コイツに盗られたって。だ、だけどまさか勇者様のものまで盗もうとするとは」
「そうですか」
もう限界カンベンして。腕を必死に叩いて抗議すると、それに応えてくれたのか手を離してくれた。いや絶対ウソだ。両手ふさがってるから仕方なく降ろしただけだ。
だってなんか取り出したもん。さっきまであたしの口を塞いでいたその手で、店主に金貨らしきものを差し出したもん。
「これで、手打ちに」
「えっ、いやいやいや勇者様の手を煩わせるつもりはなかったんですよ! ただ、私はこのガキが大変な粗相をしでかしたから、憲兵に突き出してやろうと」
「もう一枚、乗せますね」
有無を言わせぬまま進む交渉。置いてけぼりになるあたしと、スリの子供。
そして、決着はついた。
「──わ、わかりました。そのガキは、勇者様の好きにして構いませんので……」
「ありがとうございます。店主。人類の勝利の暁には、あなたの店の名前も記させていただきますよ」
「あ、ありがたき幸せ……!」
これ知ってる。金の暴力って言うんだろ。
あの金、多分シルヴィアが国からもらった軍資金だ。金銭感覚というものが薄いあたしにかわって財布を管理していた彼女だが、ここまで散財するとは思ってもみなかった。
頭を垂れて奥まで引っ込む店主。いつの間にか集まっていた野次馬を、見世物じゃありませんよと追っ払ってから、少年を引っ張った。
「は、離せよ、どうするつもりなんだよ!」
「あなたの住居に案内してください」
「は? なんでだよ。なんでテメェに」
「憲兵に突き出されたいですか」
「い、いやだよ!」
「では、案内しなさい」
これもまた、とんとん拍子に話が進んでいき、決着がついた。すっかり置いてけぼりになっていたあたしに、シルヴィアは視線を向けてただ一言。
「行きましょう。勇者様」
「あ、うん」
なんだろう、彼女がいてくれてよかったというか、でも怖いというか。
見ちゃいけない一面を見てしまったのではないかという恐怖に捕らわれつつも、勇者の努めを果たすべくその後に続いていく。
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