第4話【魔王様は楽しみです】
「魔王様ァ! 突破されました魔王様ァ!」
「ま、まずい、戦線が崩壊している!」
「聖夜祭までには帰れると思っていたのにー!」
絶叫のみが、ここ最近あがってくる戦地の報告であった。
これまで保たれていた均衡が一気に崩壊したのだ。こうなるのも無理はない。
皆、ずっとこの歪な平和が続くと信じ切っていたのだ。平和ボケに浸っていたのだ。
それが瓦解するだけで、こうなる。ああ、なんと脆いものか。
だけど、私は興味がなかった。
部下の一人が参上し、大声で報告をあげる。
「魔王様! 勇者が、勇者が!」
「なんだい。言ってごらん」
「し、死んだはずなのに、我々が殺したはずなのに、蘇って、殺し返されて!」
「うんうん、それで?」
「あ、アイツ、おかしい、普通じゃない! 死んだはずです、殺したはずなんです、な、なのになんで!?」
もう完全に錯乱状態だ。人間が見れば恐怖で逃げ出しかねない象徴たる魔物が、頭を抱え、歯をガチガチと震わせている。玉座からは見えないけれど、その表情は歪んでいるだろう。
私が待ち望む勇者が死なないというだけで、こんなにも、普通の感性の奴らを狂わせてくれる。
その事実が愛おしい。まだ見ぬ存在。顔も名前も知らないし見たことがないけれど、それだけで興奮する。
でも、顔に出しちゃあいいけない。笑ってしまいそうになる表情筋を必死で抑えながら、頭で念じた──
「──
魅了が効いてきた。顔をあげた部下の魔物の顔が、弛緩していく。自分はこんなにも素晴らしいお方のもとについて、一体何を狂っていたのだろうという考えが、今頃頭の中を支配しているに違いない。
ソイツはやがて、完全に恐怖から脱却することが出来たのか、しっかりと、ハッキリとした声で再度、伝えた。
「──勇者を、俺は確かに殺しました。こんなアマ、屁でもねえって、八人くらいで取り囲んで、不意をうってぶっ殺してやったんです」
「生死の確認は?
「はい、間違いなくやりました。全部の体のパーツをばらばらにして、炎で灰になるまで燃やしてやりました」
「で、それでも黄泉帰ったと。見間違いではないだろうね」
ひっ、と魔物が萎縮する。
ああ、いけないいけない。楽しみすぎて思わず威圧してしまっていた。こんなのではカリスマが損なわれ、せっかく勇者の為に用意してあげた舞台にケチがついてしまうかもしれない。
安心して、ゆっくり話せと言い聞かせることで、魔物は再び語りだす。
「──そうです。確かに、勇者でした。俺達がぶっ殺した、アイツでした。勇者であることを示す紋章も、身につけていました」
「で、負けた? 勝った?」
「……負けました。アイツ、俺達がぶっ殺してやったときよりも、強くなってました。知らない魔術を使ってくるし、身のこなしも明らかに違う。
お、俺だって、最初はよく似た別人だって思いましたよ。あんだけ徹底的にやったのに──剣を突きつけて、言いやがったんです」
──殺してくれて、ありがとう。私はまた、強くなれた。
ヤバいやばい。思わず席から立ち上がりそうになってしまう。
だって、普通そんなこと言うか? 自分の腸を引きずり出して、頭を踏み潰してきた相手にそんなこと言えるか? 魔物が言った通り、最早常人の思考じゃない。
一体どんな奴なんだ、勇者。
「──容姿は?」
「ぎ、銀髪の、女でした。人間の年齢は、まだ若いといえるぐらいです。
「いいよ。負けたことも不問にするから。キミは後方に下がり給え」
「は……はっ」
銀髪の女勇者──早く会いたいなぁ。
この時のために、この城をトラップダンジョンに改造してある。
振り子斧の罠も落とし穴も火炎放射も硫酸の海も、全部全部お前のためだけに用意してあげたものだ。
これを突破して、見事、私の退屈を晴らしにきてほしい。
……やっと、あの魔物も出ていった。
「ふ、クク、ハハハハッ……!!!」
胸の内から出てきたのは笑いだった。
実に何年ぶりだろう。心の底から、笑っていた。
……それから一月、戦線が崩壊し始める。
人類軍は魔王城へと徐々に近づいてきている。人間と魔物の領土争いに、今こそ決着をつけんと、人類が奮起したのだ。──もちろん、勇者という御旗があってこそだが。
その勇者といえば、あいも変わらず強くなり続けているらしい。丘に仕込んだ槍罠にぶっ刺さって死んだと思いきや、其の次で黄泉帰って罠を突破する。
戦力を集中させて袋叩きにしたと思いきや、黄泉帰って広範囲殲滅術を解き放って、全滅させていく──そして当たり前のように、一度使った手段は通用しないときた。
どうすればよい、ああすればよい、いやこれは駄目だと参謀たちが時間のない中で意見をぶつけ合うのを見ながらも、私の心は危機や焦りとは全く別の感情で満たされていた。
(ああ、勇者。早くきてくれよ。ヒマでヒマで仕方ないんだ……)
──様、……おう様、
「魔王様!」
おっといけない、ぼんやりしていた。神官風の姿をしていた参謀が、私に向かって何やら呼びかけている。
もう明らかに焦ってますよと言う素振りだ。うん無理もない。少しずつ自分たちの安全圏が脅かされつつあるものな。それも、人類軍が開発した謎の兵器、【勇者】の手によって。
「──秘密の通路を使ってお逃げください」
「逃げる?」
「はい。魔王様さえいればまた、我らが魔物は復興できます。で、ですからどうか!」
どん。肘掛けを殴った音だけで、この場が静まり返った。何か粗相をしでかしてしまった、殺されるかもしれないという恐怖が満ちている。
思わずやってしまった。反省反省──
「ああ、うん、ごほん」
まずは場の空気を取り戻す為に、咳払いを一つ。
それからちら、と様子を伺う。先程よりは緊張は解けているものの、表情は硬いままだ。どいつもこいつも、私が少し怒っただけでこの始末だ。
これはいわゆるそういう威圧的行為(読者向けに翻訳するならば、パワハラである)に該当するものなのだろうか。このやり方も少しは考えねばならない。
「我ら魔王軍は、何のために人類軍と争い続けてきた? 答えてみよ、防衛部隊隊長よ」
「……は。この地上を、我らの領土とするためです」
厳かに答えたのは、この魔物達の国を守る部隊の隊長である。
彼はこの空気にも怯むことなく、真っ直ぐに王である私を見つめていた。
「──然り。その我らが、何故、今更ノコノコ出てきた新兵器一つに恐怖している?」
しかし、あれが、これが。沸き起こる喧騒。無理もない。自分たちを滅ぼすモノがもう間近まで近づいているというのを受け入れろ、というのが無謀な話だ。
だけど、受け入れさせるんだよねぇ。
「我らは、誓ったのではないか? この地上を取り戻すと。
我らは、誓ったのではないか? 魔物たちの楽園を創り出すと。
我らは、誓ったのではないか? この世の全てを闇に閉ざすと」
気づけば皆、聞き入っている。
こんなもの単なる精神論だ。ごく一部の異常者を除いて、受け入れられる者はいないだろう。だから、
「──ならば、全勢力を駆使して、人間共の鼻をあかしてやろうじゃないか。そのために、我らは立ち上がるのだ」
そして〆の言葉を叫ぶ頃には、反意を唱える者はいなくなった。頭を垂れ、涙を流し、先祖代々続いてきた戦争をこんなもので終わらせてなるものかと、立ち上がる。
攻撃隊はすぐに飛び出し、防衛隊は地図を広げて、勇者を迎え撃つための布陣を練りはじめる。一般兵は武器庫に飛び込み、工作兵は爆弾を持って飛び出していく。
そうしてこの魔王の玉座には誰もいなくなった。
「さーて」
私はここで、見守るとしよう。
メインディッシュに早くありつきたいけれども、まだ我慢。丁寧に丁寧に勇者を接待しもてなすために、ありとあらゆるものを私は使うだけだ。
「乗り越えてみせなよぉ、勇者」
ズルで天井知らずにしてみせた魔王軍の士気。何度も黄泉帰るというのならば、これすらも越えてくれるだろうと信じている。
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