第3話【魔王も魔王でヒマなんです その2】

 勇者ってなんだ。それはあれか。魔王を倒すために、伝説の武器を身に着け、仲間とともにこの城へ乗り込んでくる化け物軍団のことか。

 本で読んだことあるような展開にでもなってきたか? まぁ、何にしたって、少し鍛錬をやり直せば、そんなもの片手間で捻り潰せる。少しだけ退屈は凌げそうだが、それでも消耗品でしかないことには変わりない。


「ええ、──終わらない戦いに打開策を見つけるべき、人類軍が生み出した生贄」

「生贄ぇ?」


 話が不穏になってきたぞなんだお前、でまかせ言ってるんじゃないだろうな。

 最近来てくれる大道芸人に、ストレスがたまってたからってつまらん出ていけって言われたことがバレたか? ははは根に持つなよ。


「生贄でございます。死ねない勇者、死なない勇者、何度死んでも、【セーブ】さえしていればその段階から黄泉帰る、不死身の存在。死なないからこそ、経験を積み、世に満ちる魔素スキルポイントを体に取り込んで、無限に強くなる存在」

「ほうほう、それで」

「それが、我らの城にまで乗り込んでくるとのことです──既に、各拠点から被害が出ているとの報告も。混乱を避けるためにまだお触れは……あの、魔王様?」

「なんだ」

「その、興味がおありで?」


 体、乗り出してますよと。

 視線を向けられて気づいた。ガタンとペン立てが倒れた。


 それから私は、各地に命令を出した。まずは防衛拠点の強化と、進軍してきそうなルートを絞り込んで、そこの検問強化。

 勇者は死にまくってくるから、殺し続けて心を折れと、名だたる将軍たちに伝えた。不死身の力、どれほどのものなのか見てみたいという純粋な好奇心からくるものだった。

 そしてこの本拠地にも、手を加えた。


「──あ、あの、魔王様?」


 側近の神官が問いかけてくる。その様子からは、不安がにじみ出ていた。

無理もない。いくら魅了チャームがかかっているといえど、信仰する対象が奇行に走ったらそりゃあドン引きもする。我ながらおかしなことをしているとは自覚していた。


「そ、その、罠迷宮を建造するというのは……それに、ここ城ですよ。みんな使うんですよっていうか重鎮も出入りするんですよ?」

「城だからこそ、だよ」


 お前は何を言っているんだ? と見つめると、ヒィと萎縮する神官。何も分かっちゃいないじゃないか。ロマンというものを知らないのかお前は、とギィギィと左右に揺れる回転斧振り子を指した。

 タイミングよく潜り抜けなければ真っ二つだ。鋭利な斧と重厚な刃。重さと切れ味で、無残な最期を遂げることになる。

 捕虜に遊ばせてみたところ、なんと十人中八人が死んだ。お前らそれでも魔王に対抗する人間かよ、と言いたくなったが、自分のセンスが素晴らしいということにしておいた。


「城というのは威厳だ。つまり顔なんだよ。外面だけ取り繕って、中身だけないなんてハコモノ、入ってきて誰が喜ぶというんだいキミは」

「いえ、そ、そういうわけでは……ただ、あの、我々の生活空間というのも」

「魔王軍の人間ならこれくらいのアスレチック頑張って突破してくれ」

「ど、転移ドリフトは」

「駄目に決まってるだろ。転移ドリフトを封じる結界くらい張っている──まぁ、例のチェックポイントとやらを防げるのかどうか、という実験もあるが」


 一番最後に語ったのは建前で、本音は今並べ立てたもの全部だ。

 初めてここに客人がやってくるというのに、ワクワクしている私。この数百年間続いてきた、いっそのこと平穏とすら言える人類軍と魔王軍のぶつかり合いに変化を齎してくれるもの──勇者。

「楽しみだなぁ、会いたいなぁ」

「あ、あの、私はこれで……」


 こんなところに一秒たりともいられるか。

小声で言っているが聞こえてるんだよ側近くん。こっそり出ていこうだなんてやましいことがあるみたいじゃないか。

 あーあ、それ以上下がると大変なことになるよ。教えてあげないけれど。


 かちり。響く何かの音。


「え?」


 それが床のスイッチであることを理解する。

そして自分がまずいものを踏み抜いてしまったことを自覚する。

彼は叫んでいた。この世への未練と執着。愛する妻へのラブコールと残った借金に対する懺悔だった。

魔物がそんなこと叫ぶなよ、と私は彼が奈落の底へ落ちていくのを眺めていた。


 魔王城トラップダンジョン化計画は順調に進行している。

 無数のトラップ。本で読んだありとあらゆる仕掛けを詰め込んで、ここにたどり着くのを容易でなくさせた。知っているもののありとあらゆるものを投入した。

 おかげで私財はなくなったが、退屈を潰せるまたとない機会には、惜しむということなど不要。

 無論国政にも抜かりはない。その月の死人が凄まじく増えたということ以外は変化なく、国は今日も回っている。


「驚いてくれるかなぁ。喜んでくれるかなぁ」


劇団の公演切符を片手に、あと何日で見に行くことが出来るのかというのを待っているここにチケットがあったならば握りしめたせいでくちゃくちゃになっているだろう。それでも、それはきっと大切な宝物でありきっかけであるのだ。

 それは自分にとっての運命かもしれないのだから。


「楽しんでくれるかなぁ、勇者」


 ふふふと、玉座の肘掛けに肘をついて、頬に手を当ててみる。

あ、すごい、今すごい私魔王している。

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