第2話【魔王も魔王でヒマなんです その1】

 この私、魔王は実に退屈な日々を送っていた。紫の長髪を、威厳のある宝石のようだともてはやされ、漆黒の鎧を着せられて外套をかけさせられる。幼い頃より、年頃の女の子らしいことは一切したことがなかった──やっていたことと言えば、勉学と鍛錬と勉学と鍛錬と勉学鍛錬勉学鍛錬……。


「魔王様! 報告です!」

「ん、ああ、ご苦労。で、なんだっけ」

「は! 付近の哨戒です!」

「あ、そうだった。うん、頼むよ」


 魔物の一人が、目の前で膝を付き、何やら報告をあげている。

確か副官だったのだろうが、興味がなさすぎて名前など覚えてはいない。デカい一本角を頭から生やす武闘派だった、というイメージでしか判別していない。


「──以上です」

「ああ、うん。分かった。とりあえず、人間を見つけたら、片っ端から捕獲。確か、実験班が何人か欲しいって言ってたからそこに回すように。抵抗したら、いつものごとく殺していいよ」

「はっ!」


 ……分かったような素振りをしておいて、どうせコイツら、捕獲したのを片っ端から喰うか犯すかするだろうに。

 まぁ、誰が何人死のうが悲惨な目に合おうが、どうでもいい。──全員揃って、盤上の上を動き回るチェスの駒でしかないのだ。

 そして私は王。王ならば、威厳たっぷりに笑みを讃えて、部下を送るのが役目。教えられた通りに、教えられた表情を自分の顔に創って、告げる。


「──じゃ、行っていいよ。活躍を期待してるね」


 ソイツは、与えられた言葉を噛み締めるようにうなずき、そして満面の笑みで言った。


「ありがたきお言葉!」


 そして、この部屋から出ていった。

 子供が親に褒められるというのは、こういうことなのだろうか。


 ……魅了チャームだっけか。

私は自由自在にそれを出すことが出来るらしい。浴びせかけられた者は、誰でも私に心酔する。それこそ、死ねと言えば命だって投げ出す。

 対象の自由意志を奪う洗脳コントロールや、契約を破ったら罰を与える誓約ゲッシュでないのがミソだ。士気をあげて忠誠を誓わせるだけで、隠れてこそこそ何かやるぶんには、明確な反逆行為であっても止めることは出来ない。

 ……まぁ、反逆しようが、手を一振りで首飛ばしておけばたいてい何とかなるんだけど。


 やがて部屋には静寂が訪れる。

誰もいないことを確認してから、深いため息をついた。

 ああ、それにしても──。


「ヒマだ──」


 私は飽いていた。攻勢になることも、守勢になることもない。

 ただ、延々と拮抗状態が続く、人類軍と魔王軍の、お互いの存亡をかけた戦争。その盤面が一向に動かないことに、退屈さえ感じていた。

 一進一退すらない。かといって冷戦状態であるわけでもない。お互いに、お互いを滅ぼす為の策を練ってぶつけ合い、それでも戦況は動かない。国民は皆、一周回って「こんなところにまで進軍はしないだろう」という平和ボケ状態にまでなる始末。

 民衆が泣き叫び泣きわめき逃げることもない。その逆もない。いつも、最前線に出ている兵士消耗品が、使い捨てられていくだけだ。

 それでも、手を緩めることはしてはならないものだから、指示は出すし仕事はするけれども。


「ああ、本当に、ヒマだ」


 娯楽らしい娯楽は、付き合える相手がいない。

 じきじきの戦闘訓練なぞ提案しようものならば、魔王様が出張らなくともと側近どもに止められる。

 チェスは相手にすらならない。魔王城にある本は全部読み込んだし、人類軍側に遺されている資料も、ここ最近の戦闘でかっぱらって読破済み。

 散歩など論外だ。毎日同じ景色を見て何が楽しいというのだ。第一、景色ならそもそも千里眼イーグルアイの魔術があれば、全部見ることが出来るというのに。

 だから、やることがない。


「本当に、ヒマだ……」

「失礼いたします。魔王様」


 ノックとともに入ってきたのは、仮面をつけた神官風の男。手に持っている杖の戦端についている闇色のオーブでもって敵を攻撃する魔術師である。

 そして、名前など覚えていないが、一応は参謀格ではあった。


「何だい? 開発の資金不足かい?」

「いえ、……ただ、妙な報告があがってきたので、共有したく」


 妙な報告。

 この時、それを聞いた私はあいも変わらず退屈そうにしていたんだろう。全知全能の魔王にとっては、妙だろうがそうでなかろうが、全部既知のものでしかないのだから。

 顎をしゃくって促す。知ってる報告だったら聞き流してやろう。


「──勇者・・が現れたそうです」

「……勇者?」

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