第1話【あたしは勇者です!】
突然だが、あたしは勇者だ。
魔王軍を滅し、魔王を滅ぼし、人間の世を創り出す為にこの世に生を受けた存在だ。
それ以外に特筆するべきことはない。
前世があったかもしれないしなかったのかもしれない。
ある日気がついたら神殿で目が覚めて、知らない大人たちに持て囃されていた。あなたがいれば人類は安泰だ。これで我々の勝利だ。不死身の勇者様がいれば、もう誰も死ななくて済む。
頼む、どうか。我らを救ってください。
「うん、わかった。救うよ」
どうか、どうかと聞こえてくる声にあたしは頷いた。頷かなければならなかったのだし、見捨てていい理由なんてどこにもなかった。大理石で彩られた神殿の中で、生まれ持った力のことを、シルヴィアと名乗る女性から教えてもらった。
死なないこと。死んでも黄泉帰ること。どれだけ肉体的、精神的に破損しようとも、あたしは魔術によって指定した地点から黄泉帰ることが出来る。
「【セーブ/ロード】。それがあなたと私の契約。ただ、通常の復活とは違い、黄泉帰る度に強くなるのがあなたです。勇者様」
「ありがと、シルヴィア。でも、強くなる、って?」
「──少し、お待ちを。勇者様、私の目を視てください」
首をかしげ、彼女と見つめ合う。
彼女の目は澄んだ紫色だ。宝石のようで、綺麗な瞳だった。
その目が、幾何学的な模様に変化し始めた。何かを組み替えるようにして、それがあたしの眼に入り込んでくる。
「【
「視えますか、って、うわ、うわわ」
頭が痛い。何か膨大な情報が流れ込んでくる。数字の羅列と文字の羅列。あたしの中身を徹底的に解剖して、文字情報に組み立て直して並べ直したものが、脳裏に展開されていく。
筋力、敏捷、幸運、魔力、後よくわかんないなんか、そして才能──
「何したの!?」
「……意思疎通やその辺はさておいて、基礎能力をいちいち身体テストや何やらで測るのも面倒くさい。
ならば、視ればいいだけの話。筋力、脂肪、柔軟性、それらの情報を読み取った上で数値化し、こちらの手元にある情報を組み合わせて総合的な判断を下す──まぁ、要は、分かりやすく評価するというだけの魔術です」
よく分からなかったが、つまるところはあたしのすごいところを数字で教えてくれるということなんだろう。
「で、あたしの評価は?」
「残念ながら最底辺です」
「へぇ。いや、最底辺って」
「ええ、残念ながら最底辺。紙に書き出してあなたに渡してあげましょうか」
「ごめんいいや。惨めになりそう。でも、さっきの数字が、増えるってことでいいのかな。強くなるってことは」
シルヴィアはこくんとうなずき、せっせとあたしの荷物に色んなものを入れていく。
「思考し、鍛錬を積み、対策を考えるという過程を省略した、生態研究施設の連中の画期的な発明とのことでしたが。まぁ、この後のことは一度体験しない限り分かりません」
全体的に返り血が飛んでも目立たないように、黒を基調としたそれは、なんだか野暮ったすぎる気もしたけれども、機能性のことを考えれば幾らでも我慢できる。
真っ赤になったそれなんて誰が見ても格好の的だ。それに、夜の闇で白い衣装など目立って目立って仕方がない。
そして最後に選ばなければならないのは、自分の命を預けるもの。
「勇者様、武器はどうしますか」
「武器、かぁ」
武器庫に案内されたあたしの前に広がるのは、色とりどりのもの。使い方は、何故か全部知っている。使いこなせるかはさておいて、どう扱えばいいのかというのは体が覚えている。
剣を握った、ううんこれじゃない。斧を握った、いやこれでもない。槍を握った、しっくりこない。
「全部合わないばっかりじゃないですか」
「文句ばっかりって言われてもな。……ああ、そうだ、なら」
眉に皺を寄せているシルヴィアへ向けて、拳を握ってぐるぐると何かを回すようなジェスチャー。
その意図に気がついた彼女は、最初は大きく目を見開いて固まっていた。それから呆れたように溜息を吐いた。
「拳、保護するものある?」
「死にたいんですか?」
「死んでナンボだよ。シルヴィア」
だって、それが勇者じゃないか。
死ななきゃ強くなれないのがあたしだっていうのなら、積極的に死んで強くなんなきゃいけない。たとえ血に塗れても、どういう風になろうとも、それをする義務がある。
人間を救ってくれとお願いされたならば、そうしなければならない。今は魔術も特別な力も何も使えないけれど、死ぬことは出来るんだから。
「──言って、作らせましょう」
「ありがと。大好きだよシルヴィア」
「はいはい」
冷たく軽く、あしらわれた。何か駄目なことでも言ったのかな。彼女の様子はどこか不機嫌なようにも思えたのだけれど。
「勇者様、部屋に戻って休んでいてください。出来上がったら、早速前線へ向けて出発いたします」
「シルヴィアも来るの? その言い方だと」
「ええ。一応は、お目付け役ですから」
「そっか」
一刻も早く出たいという感情を押し留めて、わかったよと頷いた。今もヒトが苦しんでいる。魔王が起こした戦争によって多くのヒトが死んでいる。
「救わなきゃなぁ」
自然と、その言葉が口から突いて出ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます