第5話 ひかりと癒しの噴水デート!?


 ひかりに連れられてやってきたのは、バーチャルシティの中心にある噴水広場だった。夜はライトアップが美しいことで有名だけど、今は夕日のオレンジ色の光が噴水に反射して、きらきらと輝いている。


「ここで撮影するの?」


 オレが尋ねると、ひかりは振り返り、いたずらっぽく笑った。


「そうだよ、噴水広場って映えるでしょ? 今日の配信タイトルはね『ひかりと癒しの噴水デート♪』にしようと思ってるの」


「で、デートって……だ、誰と?」


「そうだね、……真白かな?」


 ひかりがイタズラっぽい笑みを浮かべる。

 それが冗談だと分かっていても、オレはドキッとしてしまった。


「か、からかわないでよっ!」


「あはっ、冗談だよ、デート相手は画面の向こうの視聴者。そして真白は大事なカメラマン。さあ、私をしっかり可愛く撮ってね!」


 ひかりは噴水のそばへと向かい、くるりと回って軽くポーズをとる。

 その瞬間、周囲の視線が自然とひかりに集まった。

 どこにいても目を引く。やっぱり、ひかりは本物のアイドルだ。


 オレはスマホのカメラを起動して、配信画面を確認する。


「……えっと、これでいいのかな?」


 配信を始めようとしたその瞬間、スマホの画面がぐるぐると読み込み中のアイコンを表示し始めた。


「え? なんでだろう……?」


 オレが首をかしげていると、ひかりが不思議そうに声を上げた。


「どうしたの? 真白、まだ始まらないの?」


「いや、なんか……ネットが……繋がらない?」


 スマホ画面には読み込み中のアイコンがぐるぐると回り続けている。

 周囲を見渡すと、空の一部に不気味なブロックノイズが漂っていた。


「えーっ、こんなの見たことない! バーチャルシティの、ど真ん中だよ!?」


「……おかしいな、システム障害にしては範囲が広すぎる……」


「もう~! これじゃあ配信できないじゃん!」


 ひかりはぷんすかと頬を膨らませてスマホを覗き込む。

 そのふくれっ面が、なんだか子どもみたいで可愛いが、そうも言ってられない。


「どうしよう……もうすぐ日が暮れちゃうよ。噴水がオレンジ色になるのは、この時間だけなのに……」


 噴水の縁に腰を下ろすひかり。

 そのしょんぼりした姿を見て、オレは慌てて何か方法を考えた。

 

「うーん、ライブ配信がダメなら、いったん動画を撮って、それを編集してアップするとか、はどうだろう?」


 ひかりの目がぱっと輝く。


「そっか! その手があったね! 真白、いいじゃん! 天才かも!」


「いや、普通のことだと思うけど……」


 ひかりはすぐに立ち上がった。


「よーし! じゃあ撮り直しだね! 真白、ちゃんと可愛く撮ってよ? 盛れる角度でね!」


「わ、わかったよ……」


 オレがカメラを構えると、ひかりは噴水のそばでポーズを決めた。

 しかし、オレは妙に緊張してしまい、うっかりカメラを内カメラにしてしまった。


「うわっ……だ、誰だ、このかわいい女の子は……ってオレか!?」


「……真白、なにやってるの、それ自撮りモードだよ」


 ひかりに笑われたが、すぐにカメラを正しい方向に直した。


「ごめん、緊張しちゃってさ……」


「ふふっ、真白がカメラマンだと、なんか安心するよ。変に気を張らなくて済むし」


 オレは少し照れながらスマホを握り直す。


「じゃあ次こそ始めるよ」


「うん、真白、ファイト!」


 ひかりは噴水を背景にポーズを取り、デート相手を演じるように優しくカメラに話しかけた。ひかりの明るい声が広場に響き、さっきまでのしょんぼりした雰囲気はどこかへ消え去った。



 撮影を続けるうちに、ひかりは次々とアイデアを出した。

 デート動画の後は、ショート動画用に噴水を背景にダンスを披露したりと大忙しだ。


 ひかりの楽しそうな姿に、オレも自然と笑みがこぼれる。息を切らせながら、噴水のそばでポーズを決めたひかりは、一瞬だけ肩を落とすように見えた。次の瞬間には笑顔を浮かべていたが、その切り替えがどこか不自然だった。


「あのさ……もしかしてちょっと疲れてない? 少し休んだ方がいいんじゃない?」


 思わず声をかけると、ひかりは一瞬驚いたように目を見開いた。

 でも、すぐに首を振って笑顔を浮かべる。


「全然そんなことないよ! むしろ、もっと頑張らなきゃって思うよ」


 その笑顔に、オレは少しだけ胸がざわついた。

 無理しているのは明らかだった。


「オレがもっと役に立てればいいんだけど……」


 そう言った瞬間、スマホから「ピロン」という通知音が響いた。


「えっ、なになに真白!? どうしたの!?」


 オレが慌てて画面を見ると、録画データのサムネイルに赤い警告マークが浮かび上がっていた。再生ボタンを押すと、ひかりの顔がブロックノイズで歪み、一瞬だけ何かの輪郭が浮かんだような気がして、鳥肌が立った。それが何だったのか、確認する間もなくノイズは消えてしまった。

 まるで画面の奥で何かが覗いているようだった。


「あれ……なんか映像が変……これ、ただのノイズじゃない。この映像……普通じゃないかも」


 オレがスマホを操作すると、ひかりが不安げな顔で画面を覗き込む。


「これって何? 映像が壊れてるの?」


「うーん……わからないけど、オレの撮り方がまずかったのかも……ご、ごめん……オレ……マネージャーなのに……っ!」


 オレが必死に頭を下げると、ひかりはしばらくオレを見つめ、それから吹き出すように笑った。


「……もう、しょうがないなあ、真白は! 誰にだって失敗くらいあるよ」


「本当にごめん……、オレにできることならなんでもするよ」


 ひかりはスカートの裾をひらりと揺らしながら、軽くポーズを決める。


「なんでも……って言った? じゃあさ、今から私のことは『ひかり』って名前で呼ぶこと! 」


「ええっ!? な、なんでそうなるの!?」


「だってさ~、私は真白って呼んでるのに、真白は私のこと、ひかりって呼んでくれたことないでしょ? マネージャーとしても、担当の名前をちゃんと呼ぶのって大事じゃない?」


 ひかりは腕を組んで得意げに微笑む。

 それに対して、オレは慌てて言い返した。


「い、いいの、オレが……その……気軽に呼んでも……」


「気軽だからいいの! だって、真白は私のマネージャーなんだから。むしろ呼んでくれないと困るし、ちょっと寂しいんだよ? さあ、言ってみて?」


 ひかりは期待に満ちた笑顔でオレを見つめてくる。

 その視線に負けそうになりながらも、オレはなんとか抵抗を試みた。


「えっと、その……ひ、ひか……り」


「んー? 聞こえないなー!」


 ひかりは身を乗り出してくる。

 オレは観念して、小さな声で呟いた。


「……ひかり」


「うん、よくできました! これからはそれでお願いね!」


 満足げに笑うひかりを見て、オレはなんだか妙に恥ずかしくなってしまう。顔が熱くなるのを感じながら、つい思わず口を開いてしまった。


「……なんでそんなにオレを気をかけてくれるの?」


 ひかりは少し驚いた顔をした後、目を細めて笑った。


「それはね、真白が一生懸命だからだよ。私のことちゃんと見てくれてるのがわかるし、何より……一緒にいて安心できるからかな?」


「オレが……安心できる?」


「うん。さっきだって、私が疲れてるかもって気づいてくれたでしょ? 誰にでもそんなこと言えるわけじゃないよ。だから、真白には信頼してるし、頼りにしてるんだよ、それが理由」


 ひかりの柔らかい声が、夕陽の中でオレの胸に染み渡る。


「……頼りにされるほど、まだ何もできてないけど……ありがとう」


「これからだよ! 私と一緒に、もっともっと輝く場所を目指そうね!」


 ひかりの無邪気な笑顔が、まるで夕陽のように輝いて見えた。

 オレはその眩しさに圧倒されながらも、小さく頷いた。


「うん……頑張るよ、ひかり」


 そう口にした瞬間、オレの中に不思議な温かさが広がった。

 マネージャーとして、推しとの距離が少しだけ縮まったような気がして、自然と笑顔がこぼれる。


「よーし、それじゃあもうひと踏ん張りだよ! 真白、今度こそちゃんと撮ってね?」


「任せて。今度こそ、絶対に最高のひかりを撮るから!」


 ひかりと一緒に夕陽を背に、オレたちは撮影を再開した。

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