第8話 光の舞台裏
事務所内は祝勝パーティーの歓喜に包まれていた。
ナイトメア討伐という前代未聞の大仕事を終え、スタッフたちの顔には達成感が満ちていた。部屋の中にはカラフルなデジタルバルーンが漂い、笑い声と拍手が絶えない。あちこちから聞こえる声も、ひかりへの称賛で溢れていた。
「ひかりちゃん、本当にやってくれたな!」
「ナイトメアを倒すなんて、まるで映画のヒーローだよ!」
「それに、ライブも大成功だって。これで事務所もひと安心だな」
「聞いたか? 支援金のおかげで、今回のライブ、ほとんど利益らしいぞ」
「次のプロジェクトもいけるんじゃないか?」
にぎやかな雰囲気の中、オレは視線を巡らせて高嶺さんを見つけた。
高嶺さんはスパークリングワインを片手にスタッフたちと談笑していたが、オレに気づくとすぐに話を切り上げてこちらへやってきた。
「真白、よく頑張ったわね。ひかりのサポート、完璧だったわ」
「いえ、オレなんて大したことしてませんよ。ひかりが頑張ったからこそ、成功したんです」
「謙遜しなくていいの。あなたがしっかりサポートしたからこそ、ひかりも安心して全力を尽くせたのよ」
高嶺さんの言葉に少し照れくさくなり、オレは視線を泳がせた。
ふと気になっていたことを尋ねる。
「そういえば、今回のライブ……ほとんど利益だったって聞いたんですけど、どうしてなんですか?」
「いい質問ね」
高嶺さんはグラスを軽く揺らしながら、静かに説明を始めた。
「ナイトメア討伐のライブは、全事務所が支援金を出し合う仕組みになっているの。だから経費がほとんどかからないのよ。その分、今回のライブは利益率が高いわ」
「へえ……そんな仕組みがあるんですね。それなら確かにお得ですね」
「ええ。おかげで、これからの活動の準備も整えられる。事務所として次の一歩を踏み出す余裕ができたわ」
高嶺さんはグラスの中で弾ける泡をじっと見つめ、少し柔らかな笑みを浮かべた。
「そうだ、真白。あなたも何か新しいアイデアを考えてみない?」」
「え、オレがですか?」
「そうよ。今ならライブ関連の企画も社長の耳に入りやすいわ。挑戦するにはちょうどいいタイミングよ」
「そんな大それたこと、オレにできるかな……」
「何事も挑戦よ。ひかりが全力で頑張っている姿を見たでしょ? 私たちも負けていられないわ」
高嶺さんの言葉は、真剣な中にも優しさが込められていた。
オレはその言葉を胸に刻みながら、何か自分にできることを考え始めていた。
オレは祝賀ムードが漂う大部屋を後にした。賑やかさから離れて少し静かな場所で考えを整理したくなり、控え室へと向かう。
扉を軽くノックして中を覗くと――
「きゃっ!」
目に飛び込んできたのは、アイドル衣装を脱ぎかけているひかりの姿だった。ひかりは驚いたように目を丸くしたが、すぐにふわっと笑顔を浮かべた。
「あ、真白……どうしたの?」
「ご、ごめん! 覗くつもりじゃなくて……!」
慌てて顔を背けるオレ。心臓がバクバクと早鐘を打ち、頭の中が真っ白になる。ひかりの無邪気な笑顔とその姿が、どうしても脳裏から離れない。
「大丈夫だよ。真白も女の子なんだから、そんなに気にしなくていいよ?」
オレはさらに動揺してしまい、顔を手で覆いで何とか落ち着こうと深呼吸を繰り返した。
「そ、そうかもしれないけど……それでも! オレ、こういうの慣れてなくて……!」
ひかりはオレを見てクスクスと笑い声を漏らす。
「ごめんごめん、からかっちゃった。少し待ってて、すぐ着替え終わるから」
オレは控え室の外で待つことにした。ひかりが着替えを終えたのを確認してから、ようやく中へ入った。
控え室のソファに座るひかりは、ステージ上で見せていた眩しい輝きとは少し違う雰囲気を纏っていた。肩は少し落ち、顔には疲労の色が浮かんでいる。
「ひかり、パーティーには行かなくていいの?」
尋ねると、ひかりは髪を整えながら答えた。
「うん、行くよ。でもその前に、……少し静かに考えたくて」
「大丈夫? ……なんだか、いつものひかりらしくない気がするけど、何かあった?」
オレの問いかけに、ひかりは一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐに視線を落とし、表情を曇らせた。
「……実はね、真白。こう見えて私ね、ライブ中、すごく怖かったんだ」
「怖かった?」
思わず聞き返す。
あの堂々としたステージでの姿からは想像もつかない言葉だった。
「うん。ナイトメアの目を見た瞬間、全身が凍りついたみたいで、もう歌い出せないんじゃないかって思った。でも、ファンのみんなの応援を感じたら、不思議と勇気が湧いてきて……それでなんとか歌い続けられたんだ」
ひかりの声には穏やかさがあるものの、どこかかすかな震えが混じっていた。
「……ひかりは本当にすごいよ。あの状況で逃げずに立ち向かえる人なんて、そうそういない。ナイトメアを目の前にしても、みんなのために歌い続けられるなんて、本当に尊敬するよ」
オレは継ぎ足すように続けた。
「たぶん、それはひかりが本気でファンのことを想ってるからだと思う。だからみんなも全力で応援するし、その応援がひかりに届く。そうやってお互いを支え合ってるんだと思うよ」
ひかりは一瞬だけ微笑んだ。
しかし、その笑顔の裏には、まだ不安が隠れているようだった。
「でもね……、もし次にまたナイトメアが現れて……今度は期待に応えられなかったらど……そう思うと不安になるんだ」
ひかりの瞳がわずかに揺れる。
その不安な様子に、オレは胸が締め付けられるような思いがした。
「ひかり、大丈夫だよ。オレもスタッフも、そしてファンのみんなも、ひかりを信じてる。ひかりが歌うことで、どれだけ多くの人が救われているか、オレは間近で見てきたんだ。だから、自分を信じてほしい」
ひかりはじっと目を見つめてきた。
そして、ほんの少しだけ微笑んだ。
「……ありがとう、真白。そう言ってくれると、なんだか安心する」
控え室の照明の下、ひかりの横顔が静かに浮かび上がる。
その姿は、ただ安堵しているだけではない、何か考え込んでいるようにも見えた。
「ひかり、本当に大丈夫?」
ひかりは少しだけ目を伏せてから、微笑みながらこちらを向く。その笑顔には、いつもの無邪気さよりも少しだけ大人びた雰囲気があった。
「平気だよ。でもね、ライブが終わると、いろんなことを考えちゃうんだ」
「いろんなことって?」
ひかりは小さく息をついてから答えた。
「私がここで頑張る意味とか……本当にみんなに必要とされてるのかな、とかそれから……」
ひかりの瞳に、一瞬だけ迷いのような光がよぎる。その後、ふと目を伏せ、意を決したように小さな声で続けた。
「ねえ、真白……真白は私のことを前世から推してくれてたんだよね。だったら……私が……どうして転生したのか、——その理由、知りたくない?」
暗く落ち着いた部屋の中で、ひかりの声だけがやけに鮮明に響いた。
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