第21話 カノン⑧ 身を挺しても

 フィル・クーリッヒが、ナイフを持ち私の目の前に立っている。

 彼の言う通り、呪いの制御には成功しているみたいね。


「お腹をナイフで刺しますのでかなり痛むと思いますが、なんとか耐えてください」

「問題ないわ」

「ロキシア、医療班の手配は?」

「既に済んでいます。もう既に教会の外で待機しています」


 本当に有能な子よね。

 私の部下にも欲しいわ……。


「わかった、ならロキシアも万が一に備えて外に居てくれ」

「……承知しました」


 ロキシアが不満気に外に出ていく。

 彼女の性格からすればここから離れたくないのでしょうね。

 ……正直、今なら気持ちがわかってしまう。


「さて、では気持ちの準備はよろしいですか?」

「……ええ、大丈夫よ」


 あのナイフの話は、知識として知っている程度。

 まさかあんな呪物が自分の身体に使われるなんて考えたことがなかった。

 だから、正直に言えば凄く怖い。

 ……それでも、フィル・クーリッヒがやってくれるなら信じられる。

 

「このナイフは赤子であればそれが例え呪いであろうとも殺すはずです。……ですがもしも効果が無かった場合にはすぐに中止しますので、異変を感じたら知らせてください」

「わかったわ」


 私の返事を聞いたフィル・クーリッヒが息を深く吸う。

 そして、手に持ったナイフを勢いよく私の腹に振り下ろしていく。


「ぐっ……!」


 お腹が焼けるように熱い。

 う、ううううっ…!

 これ、このまま死んじゃうんじゃ……?


「大丈夫ですか?」

「問題……無いわ。続けて……!」


 嘘、問題だらけ。

 痛いし、熱いし、死んでしまいそう!

 でもこれは単にナイフで刺されたことによる痛みのはず。

 なら耐えるしかない。


「では、魔力を籠めます……!」


 フィル・クーリッヒがそういうと、刺されたナイフから私に魔力が入って来る。

 あのナイフが、“呪物“として使われ始めた証拠だ。


「うがぁぁああぁぁあああ!!!???」


 フィル・クーリッヒが悲鳴を上げてる。

 何あれ、腕がどんどん黒く……!

 まさか、呪いが彼の身体にまで……?


「一気に行きますよ……!」

「フィル!?」


 私が呼びかけても、フィル・クーリッヒの魔力注入は止まる気配が無い。

 彼の腕はどんどんと黒くなっていき、肩口近くまで呪いが進行している。

 ……これじゃ、フィル・クーリッヒが死んじゃう。


「もう少し、です……!」

「え?――う“!?」


 身体の奥の奥、子宮から何かが抜けていく。

 あの呪いの“本体”が、私の身体から吸い出されていってる?

 痛い、苦しい、熱い、吐き気が止まらない。

 “苦痛”が止まらない。

 頭の中をかき回されているような訳の分からない感覚。

 これ、もしかして……。

 あの“呪い”が感じているもの?


「終わらせますよ!!!」

 

 そう言って、フィル・クーリッヒが一気にナイフを引き抜く。

 瞬間、私の感じていた苦痛は全て消え去った。


「はぁ……、はぁ……」

「……フィル・クーリッヒ、あなた大丈夫?」

「だ、大丈夫……で、す……」


 そう言いながら、彼は床に倒れこんでしまう。

 助け起こしたいけど、身体が動かない。


 彼の腕を見ると、どんどんどす黒くなっている。

 まずい、呪いの進行が抑えられてない……!


「ロキシア!!!」

 

 彼の従者を呼ぶと、勢いよく扉が開く。

 ロキシアと、最初にフィル・クーリッヒを守っていた護衛、それに医療班の修道女たちが続々と部屋に入って来る。


「フィル様!!!」


 ロキシアがフィル・クーリッヒに駆け寄る。

 そして腕を見ると、絶望的な表情で私の方をみる。

 ……当然、恨むわよね。


「……これは、どういう状況ですか?」

「呪いを御しきれなくて、彼の身体にまで流れ込んでるわ」

「どうすれば良いですか?」

「私が呪いを祓えればいいんだけど、今は動くことすらできないから……」


 正直、意識を保つのすら危うい。

 魔力の殆どすべてを呪いが持って行ったから、加護なんて使えるわけがない。

 フィル・クーリッヒが一日持ってくれればどうにでもできるけど……。


「……そうですか」


 そう言って、ロキシアは主人の身体を見つめ続ける。

 そして、覚悟を決めたように大きく頷づくと護衛の方を見る。


「呪いの進行は腕までです。リゼ、フィル様の右腕を斬り落としなさい」

「……それで、助かる?」

「今よりは可能性が高いはずです。カノン様、魔力が戻り次第必ず処置をお願いいたします」

「……約束するわ」


 ……正直、それしかない。

 腕を斬り落とせば呪いの進行も止まる……はず。

 やるしかない、やるしかないんだけど……。


 私は一体どう責任を取ればいいの……?

 彼の右腕を奪っておいて、どうやって……!


「……じゃあ、やるね」

「お願い」


 護衛は剣を抜くと、惚れ惚れするほど綺麗にフィル・クーリッヒの右腕を斬り飛ばす。

 血しぶき彼女の顔にかかり、身体中が真っ赤に染まっている。

 ……この子も、すごい覚悟ね。


「……止血、早く」

「あ、は、はい!!」


 修道女たちが慌ただしく動き治療を始めている。

 ……私は、何もできない。

 ただ、見ている事しか……。

 せめて、謝らないと……、。


「ごめんなさい、あなた達のご主人様をこんなことに……」

「……聖女様」

「主の望んだことです、問題ありません。失った腕は私達孤児たちが支えます」


 ……孤児たちが、ね。

 当然私が何かできる事なんて無いわよね。

 私、これから彼にどう顔を合わせればいいの?

 初めて苦しみを理解してくれた人だったのに……。


「……それに、腕なら問題ない」

「え……?」


 フィル・クーリッヒの護衛がまるで何事もないかのように呟く。

 問題ないって、どういうこと?


「……私も、腕どころか足も無くなってた」

「はい?」


 護衛の手足はどちらも普通についている。

 無くなってるようにはとても見えない。


「リゼ、それは……!」

「……あっ」


 ……どういうこと?

 彼の腕、どうにかできるの??


「話なさい」

「……えと」


 リゼと呼ばれた護衛は、困ったように押し黙る。


「はぁ……。聖女様、この件は絶対に他言無用でお願いします」

「約束するわ」

 

 恐らく、何かフィル・クーリッヒにとって不利になるようなことなんだろう。

 だったら、私が秘密を守らないはずがない。

 彼の不利になるようなことなんて、一生するつもりはないもの。


「……異端者ですが、腕を“合成”できる魔術師と伝手があります。その方であれば……」

「合成、ね……」


 確かに、それならどうにかできるかも知れない。

 異端者だろうが関係ない、フィル・クーリッヒを助けられるならなんでもいい。


「まずは、お休みになってください。今後の事はフィル様が目を覚ましてからでも遅くはないかと……」

「……そうね」


 確かに、もう意識が限界だわ。

 でもよかった、なんとかなりそう

 あっ、安心したら意識が……。


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