第22話 カノン⑨ まず一つ目の恩返し

「失敗したって、どういうこと……?」


 あの事件から1か月。

 ようやく体力も回復し、通常業務に戻っていた私の元にロキシアが訪ねてきた。


 私の教会にやってきたロキシアは、心底絶望した表情をしている。

 曰く、フィル・クーリッヒの右腕の合成に失敗したらしい。

 隣に座るフィル・クーリッヒは、なんとも気まずそうな表情で黙って座っている。


「呪いにより、どんな腕でも拒否反応が起きてしまい合成できないのです……。このままだとフィル様は隻腕に……!」

「そんな……」


 あの次の日、私は確かに呪いを祓ったはずなのに。

 祓いきれてなかったの?

 折角見つけた理解者が、私のせいで隻腕になるなんて……。

 ど、どうすれば!?

 どう責任を取ればいいの??


「な、何か方法は無いの?」

「カノン様であれば今度こそ呪いを祓えるのではないかと思い伺ったのですが……」

「……原因が呪いなら出来るかも知れないわ」

「本当ですか!?」


 フィル・クーリッヒのためであれば例えどんなリスクがあっても助けないはずがない。

 命だって投げ捨てる覚悟だ。

 ましてや呪いを祓うなんて、いつもやって居ること。

 得意分野で役に立てるならこれ以上幸せな事は無いわ!


「い、いや! 俺の腕のためにカノン様が苦しむ必要はないです!」

「いいえ、やるわ」

「で、ですが……! 呪いを取り込めば苦痛があるのでしょう?」

「あなたの為ならどうでもいいことよ」

「んな……!?」


 あれ、私いまとんでもない台詞を言っちゃった?

 周りの修道女たちもざわついてる……。

 ま、まあいいわ!

 私は聖女。

 この教会で一番偉い、逆らえるもののいない存在だもの。

 修道女が騒ごうと関係ないわ。


 ……ええ、関係ない。 

 顔がどんどん熱くなっていくけど、関係ないわ……!


「と、とにかく! 私は大丈夫です! 戦場に立てない騎士は当家には似合いませんので、誰か……そう! 最近巷を騒がせている英雄様にでも爵位を譲って私は隠居しようかと……」

「フィル様、そんなこと仰らないでください……! 我ら孤児は、あなたがいなければ……!」


 ロキシアがフィル・クーリッヒに縋り付いて泣いている。


「いや、それはほら! 英雄様ならお前たちを捨てるようなことはしないさ! なんなら孤児院の経営を保証することを条件にしてもいい」

「いやです! リゼ、あなたもそうですよね?」

「……わたしは、どちらにしても着いて行くからどっちでもいい」

「こ、こいつ……!」


 フィル・クーリッヒが困ったような視線をこちらに向けて来る。

 ……地位に興味が無い?

 伯爵位を自ら捨てるなんて、そんなの普通の人間じゃあり得ないと思うけれど……。


「とにかく、一度試してみましょう?」

「わ、わかりました……」


 フィル・クーリッヒが観念したといった様子で手を上げる。

 そして私の手招きに応じて近づいてくる。

 

 目を凝らして腕のない肩口をみると、どす黒い瘴気で覆われている。

 ……ていうかあれは、肩から漏れ出てる?


「あなた、身体に不調はない?」

「え、いやー……」


 フィル・クーリッヒが頭を掻き目をそらす。

 ……やっぱり、そういうことよね。


 フィル・クーリッヒは、体内に呪いを取り込んでしまってる。

 しかもこれはもう殆ど同化しているといっていいほど根深く……。


「これは、無理ね。あなたの中途半端なスキルのせいでどうしようもない位同化してるわ」

「やはり、そうですよね」

「便利な物だと思ったけれどこれはちょっと困るわね……。なまじ呪いを御してしまうとこうなるのね……」


 スキルの劣化コピーによる悪影響。

 “呪われている“だけならどうにかできるけど、これは私の加護じゃ無理。

 祓えば、そのままフィル・クーリッヒも死んでしまう。


 これは、仕方ないわね。


「そうですよね! わかりました、では早速英雄様に連絡を……」

「待ちなさい」

「……はい?」


 そそくさと準備を始めたフィル・クーリッヒを呼び止める。


「私では確かに呪いを祓うことはできないわ。でも、あなたの腕は用意できるわ」

「……どういうことです?」

「待ってなさい」


 私は立ち上がり、教会の奥にある聖域に向かう。

 ……要は宝物庫だ。


 壁全体が白く塗られて、四方には結界が何重にも張られてる。

 相変わらず薄気味悪い雰囲気の場所ね……。

 

 えーっと、確か祭壇のあたりに……。

 あったあった。

 仰々しく飾られてる黒い縦長の箱。

 中を見ると、しっかりと“腕“が保存されている。


「これを使いなさい」

「な、なんですかこれ?」


 すぐに面会用の応接室に戻り、箱をフィル・クーリッヒに渡すと、素っ頓狂名声を上げて質問してくる。


「ふふ、それはね――とある聖人の腕よ」

「せ、聖遺物じゃないですか!?」


 フィル・クーリッヒが大声を上げ立ち上がる。

 周りの修道女たちも慌てふためいているけど、そんなのはどうでもいい。


「ええ、そうよ? しかもこれは、“あらゆる害を防ぐ加護”を持った聖人のもの。その程度の呪いなんて効かないわ」

「な、なんでそんなものを俺に!?」

「あなたは私をなんども救ってくれたでしょう?」

「で、ですが……! これを渡せば、あなたの教会でのお立場が!」

「どうでもいいわ、そんなもの」


 教会のクソみたいな老人連中が何を言ってきても鼻で笑ってやるわ。

 貴族連中への長年の献身のお陰で、既に実権は私が握ってる。

 老人どもが私に盾突けるはずがないのよ。


「とにかく、それで万全になりなさい。そして……またいつでも会いに来なさい」

「……そう、ですね。わかりました。ありがとうございます」


 フィル・クーリッヒが恭しく頭を下げて箱を手に取ってくれた。

 よかった。

 これで、少しは恩を返せたかしら?

 いや、元はと言えば私のせいなんだからこんな程度じゃダメね。

 もっと、もっと全身全霊でフィル・クーリッヒのために全てを捧げないと……!

 

 ――そのためにも、まずは教会を掌握すべきね。

 名実ともに、誰も逆らえないようにしないと。






 

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