第20話 カノン⑦ 初めての理解者
「お身体の調子はどうですか?」
「……まあ、今のところはまだ問題ないわ」
「そうですか、間に合ってよかったです」
そう言って、フィル・クーリッヒはほほ笑む。
……間に合ったってことは、本当にこの状況を解決できるって事?
「間に合った、ねぇ」
「ええ、これでカノン様を救うことができます」
ふとフィル・クーリッヒの鞄を見ると、禍々しい呪いの気配が見えた。
あれが禁忌の地で取ってきた物?
「それで、私が救えるの?」
「流石カノン様、厳重に封印されたものでも呪いの気配がわかりますか」
「私を誰だと思っているの?」
これでも呪いの加護を持つ当代の聖女だ。
まあ、今回の件では無様をさらしているけれど……。
「そうですよね、大変申し訳ございません。では、こちらがどういったものかもわかりますか?」
そう言って、鞄から刃物のようなものを取り出す。
幾重にも魔力が籠っている布で巻いて、それをさらに封印の札で閉じているから微妙だけど、多分あれはナイフだと思う。
禁忌の地は、どうしようもなくなった呪物を封印するための場だ。
その管理は全て教会に一任されているから、一応私は何があるかは把握している。
……確かナイフだと、“赤子殺し”とかがあったはず。
「そうね、オゾマシイ呪物よ。……本当に不快な」
「俺も同意見です、これは本当に不愉快極まりない物だ。……でも、今回に限り切り札になりえます」
「……確かに」
今私の中にいる呪いの特性、そしてあのナイフの効果を考えたら確かに有効かもしれない。
……思いつかなかったわ。
やっぱり、冷静じゃなかったのね。
「申し訳ございません、良ければその呪物の効果を聞いてもよろしいでしょうか?」
ロキシアがおずおずと手を上げ質問する。
確かに、効果を知らなければわけがわからないわね。
「これは“赤子殺し”と言って、数多の妊婦から赤子の命を奪い取ってきた道具なんだ」
「……赤子の、命?」
「そう。これを妊婦の腹に刺すと、胎児の命だけを呪い殺すんだ。把握できているだけで数百人は殺してるらしいよ」
「な、なんですかそれ」
ロキシアの顔が青ざめていく。
当然の反応ね。
「娼館とかでかなり便利な道具として使われてたらしいわよ」
「……そう、なんですか。もしかしたら、私も……」
……そっか、この子も孤児なのよね。
生意気なガキだと思ってたけど、娼婦になってアレのお世話になっていた可能性もあるわけよね。
当然、私だって加護が無ければ……。
「大丈夫、君たちはどんなことがあっても俺が世話するよ。例え俺がいなくなっても君たちが生きていけるように手筈は組んである」
「そ、そういう問題じゃないんです!」
ずいぶんとまあ、優しい言葉を吐くものね。
あの男、ああやって色んな女の子を落として来てるのね。
……はぁ。
自分の事じゃないと冷静見られるのだけど、困ったものね。
「あなた、本当にそれを使うつもり?」
「ええ、もちろん」
「残念だけれど、それは“数百人“食べているのよ? もうまともに使える状態じゃないわ」
そう、そうなのだ。
当たり前だけど、娼館で便利に使われていたような道具が厳重に保管されている時点でまともな状態の道具なわけがない。
「いえ、使う事自体は可能です」
「私は“まともに”って言ったのよ? もうそれは、人が持てばそれだけで死ぬのよ」
呪いが強くなり過ぎた結果、あの呪物は封印状態でなければただ触るだけでその人を呪い殺す様な存在になってしまった。
だから教会があの地で保管している。
「わかっています。でも俺なら使えます」
「はぁ?」
「俺のスキルは、様々な人のスキルを劣化コピーできます。つまり、カノン様の呪いの加護をコピーすればそれを使うこと位は可能なはずです」
「リスクが大きすぎるわ! 本当に扱えるかなんてわからないでしょう? それだったら自分でやるわよ」
「それが出来ないこと位ご存知でしょう?」
……そう、あれは呪物だ。
相手を“呪う“ための道具が自分を呪えるわけがない。
それでも、これ以上フィル・クーリッヒに頼るのは……。
「大丈夫です、必ず使えます」
「……でも!」
「あなたを、救わせていただけるんでしょう?」
フィル・クーリッヒが私をじっと見つめて来る。
……視線から感じるやさしさが痛い。
どうして、この人はこんなにも……。
「どうして、私を救ってくれるの? 私達なんて赤の他人でしょう? それをこんな、死ぬかもしれないリスクまで背負って……!」
「カノン様は今まで十分、たくさんの方をその加護で救われたじゃないですか。その加護がどれだけの苦痛を伴うか、想像するだけでも震えあがります。俺には出来ない。……だから、そんな偉業を行ってきたあなたを救う人間がいたっていいでしょう?」
頬が濡れて顔から布団へ落ちていく。
視界がぼやけて何も見えない。
どうしよう、こんなのって……。
“呪いの加護“の苦痛。
それを理解してくれる人は、いままで一人もいなかった。
ずっと、ずっと辛くて、苦しくて、死んでしまいたかったあの地獄。
あの地獄をわかってくれる人に出会ってしまった。
ああ、だめ。
だめよ、こんなの……!
死にたくない。
死んだら、この人に会えなくなる。
いや、そんなの絶対に嫌……!
初めて“理解“してくれたんだもの、絶対に手放すもんか。
「……お願い、たすけて」
「ええ、必ず」
もしも、本当に助かったなら。
私は、私の全てをこの人に捧げるわ。
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