第19話 カノン⑥ 聖女と才女の醜くも美しい争い
誰もいない古びた街はずれの教会。
埃っぽくて、家具も最低限のものしかない。
私が寝ている古いベッドからはカビのにおいが漂ってくる。
こんなところに一人横たわっていると、どんどん不安な気持ちが湧き出てくる。
それでも、フィル・クーリッヒに言われたあの言葉を思い出すと今の不安で仕方ない気持ちが少しだけマシになる。
今だって、いつ私の中の化け物が産まれてくるかわからない危険な状態なのは変わらないけれど。
それでも、彼の言葉なら信じられるような気がする。
聖人として見出されてからの私は、いつだって救いを求められる側だった。
呪いの副作用による苦しみも、顔も知らない”誰か”を金と権力のために呪ったあの時の罪悪感も。
誰も、救おうとなんてしてくれなかった。
『カノン様、あなたを救わせてください』
ただその言葉を思い返すだけで、私の胸が……いや、体全体が熱くなる。
もしも……。
もしも本当に彼が私を救ってくれたなら、私はどうなってしまうんだろう。
「お身体の調子はどうですか?」
「あなた、ロキシアだっけ? 私に近づいて怖くないの?」
「怖い、とは?」
安全のため街から隔離された場所で寝ている私の部屋に入ってきたロキシアが、不思議そうな顔をする。
フィル・クーリッヒが連れてきた孤児の中でも飛びぬけて優秀そうなこの子が私の今の状態が理解できていない?
ましてや、あの場であの狂った女を吐かせた張本人が??
そんなわけないと思うのだけれど……。
「今この時にも私から化け物が産まれて、あなた……死ぬかもしれないのよ?」
「はぁ……」
呆れてるのか興味がないのか、ロキシアはどうでもよさそうに息を吐く。
どういうことなの??
「死ぬのが怖くないの?」
「いえ、もちろん怖いです。死ねばフィル様をお支えできなくなりますので」
理由がなんだか不穏だけど、とりあえず死にたいわけじゃないのね。
ならなんでこの子、ここにいるのかしら?
やっぱり状況が理解できていない?
「状況わかってる?」
「ええ、もちろん。その子が産まれたら私は無事では済まないでしょうね」
「じゃあなんでそんなに落ち着いてるのよ」
「フィル様はあなたを救うと仰いました。ならばフィル様の所有物である私が聖女様のおそばにいることを不安に思うのは主の言葉を疑うことと同義かと」
そう言い放つロキシアの目はなんというか、だいぶ”キマって”いる。
覚悟が決まり死すら厭わない時の騎士のみたいな顔つきね。
「それに、フィル様の力であればここと禁忌の地を往復することなど容易です」
「……どういうこと?」
「申し訳ございませんが、それは言えません」
……スキルに関する事かしら。
だとしたら、他言しないのは普通の事だろう。
恐らく、転移系の何かしらのスキルを持っているのでしょうね。
「そう、ならいいわ」
「聖女様の賢明なご判断に感謝いたします」
生意気な子ね。
何かこう、敵意を感じるような、そんな雰囲気すらあるわね。
敵意と言うか、ライバル意識?
「あなた、何か私に言いたいことでもあるの?」
「はい?」
「ここには私たち二人だけよ、言いたい事があるなら遠慮せず言っていいのよ」
ロキシアをまっすぐ見つめる。
彼女は素知らぬ顔でこちらを見る。
ふーん?
目をそらしたりしないのね。
……随分生意気じゃない。
「子供ね」
「何がでしょう?」
「あなたの”お父様”を取って怒ってる?」
「……は?」
ロキシアの声に初めて感情が籠る。
ああ、やっぱりそうなのね。
「あんなに情熱的に救わせてほしい、なんて言ってる姿を見たら嫉妬するのも当然よね」
「……何を言っているのかわかりませんが、フィル様は私たちの父親ではありません」
「そうね、保護者ではあるけれど……」
ロキシアの白い肌がほんの少し赤く染まる。
怒りで興奮しているのが目に見えてわかって、少しだけ気分が晴れる。
あの感じだと、特に”お父様”って呼んだことに怒ってるみたいね。
ふふ、面白い。
「フィル様は私たち孤児院出身者の救世主であり、仕えるべき主人です。主人の命令には”全て”従うのが我々の務めです」
「面倒な人達ね」
「……私は幸せです」
「私は、愛する人には気持ちを伝えられる方がよっぽど幸せだと思うけれどね」
「……見解の相違ですね」
そういうと、ロキシアは黙ってしまう。
さっきまでの能面みたいな顔よりは今の方がずっとマシね。
……でも、遊び過ぎたかしら。
何かお詫びした方がいいかも?……考えておきましょう。
「失礼いたします」
入り口から男の声が聞こえる。
見ると、フィルが立っている。
あれからまだ一日しか経っていないのに、もう着いたの!?
「フィル様、ご無事で何よりです」
「ああ、ただいま。ちゃんとカノン様のお世話をしていてくれたみたいだね、ありがとう」
「フィル様の命令であれば例えどんなことでも従います」
「それは頼もしいな」
そう言って、フィル・クーリッヒがロキシアの頭を撫でる。
ロキシアはさっきまでの表情とは全然違う、光悦の表情でそれを受け入れている。
あ、あれであの子の気持ちに気づいてないのかしら……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます