第18話 カノン⑤ あなたを救わせてください

「容態は安定しています、ですが……」

「ああ、これはまずいな」


 あの山での異常な事件。

 そこから辛うじて生還した俺は、すぐに病室のあるテントまでカノンを運んだ。

 運んだんだが……。

 

「これは、恐らく“妊娠”であるかと思います」

「妊娠って、あの呪いをって事か?」

「そうなりますね」


 ベッドの上で横たわるカノンを見ながら、修道女が深刻そうに話す。

 カノンの身体に目を移すと、お腹だけが大きく膨らんでいる。

 見た目はまるっきり妊娠中、それも臨月に近いような状態だ。


「どういった状態であるのか、そういった詳しい事はわかりませんが……。修道女として医療に携わったものとしては、カノン様の身体は間違いなく妊婦であるとしか……」

「なんだよ、それ……」


 あの時、あの山で聞いた赤子の声。

 そして発狂した女の台詞。

 それを勘案すれば、考えられなくはない状態ではある。

 でも、少なくとも“原作”ではこんな呪いは絶対に出てきていない。

 

 そもそも、なんでコトリバコがこの世界にあるんだ?

 あれは元の世界の、それもネットに転がる都市伝説みたいなもんじゃないか。

 それがなんで……。


「この事は他の誰かには?」

「処置をした私と数名のスタッフだけしか知りません。……カノン様の状態を見た段階でスタッフたちは拘束しているので、今しばらくはこの話が外部に漏れることは無いでしょう」

「それはいいんだが……」


 この状況をどうにかしないと、間違いなく不味いことになる。

 とにかく何か対策を……。


「フィル・クーリッヒ閣下、私はどうすれば……」

「……とりあえず、もう少しだけこのまま誰にも言わずに待ってくれ」

「……かしこまりました」


 状況を改善するにも、情報が無いと始まらん。

 あの狂った女もこっちに連れてきてるから、とにかくあいつから何か情報を集めないと!


「フィル様、ロキシアです。入室してもよろしいでしょうか?」

「ああ、いいぞ」


 病室にロキシアと……そして、あの狂った女が入って来る。


「ロキシア、尋問が終わったのか?」

「はい。と言っても、実際に手を動かしたのはガイルとノノですが」


 孤児たちの中でもかなり優秀な二人の名前が出て来た。

 年長の二人には、今は執事と侍女を任せているんだが、連れてきて正解だったみたいだ。


「そうかそうか! 二人にも後でお礼を言わないとな」

「それが何よりも褒美になるかと」


 ロキシアが優しくほほ笑む。

 うんうん、友達思いの良い子に育ってくれて何よりだ。


「じゃあ、聞かせてもらえるか?」

「かしこまりました。……話しなさい」


 ロキシアがそういうと、女はビクッと体を震わせる。

 そして、そのまま小さく口を開いた。


「わ、私はセリと申します。……この街の酒場の一人娘、です」

「ふーん?」


 酒場の娘、ねえ。

 正直こいつがどこの誰なのかとかどうでもいいから早く話を進めてほしいな。

 

「お知りになりたい事であれば、全て答えます……。ですのでどうか……!」

「黙りなさい、何かを頼もうなどとするな」

「は、はい……」


 ロキシアが一括すると、女が押し黙る。

 この反応、一体どんな尋問をしたんだ……?

 い、いや、気にしないでおこう。


「じゃあまず、この呪いはなんだ? 一体何をどうするための呪いなんだ??」

「元々は、女子供を狙った呪いであったと聞いています……。ですが、“ハッカイ“だけは別であると……」

「……別?」


 ハッカイ……。

 やっぱり、あの箱はアレで間違いないのか。

 でも、だとするとよくわからんことが増えるな……。


「私が作った8人の生贄からなるそれは、箱の真なる目的を完遂するためのモノであると……」

「続けろ」

「呪いは子となり作成者を母として産まれて来る、と……」

「……なんじゃそりゃ」


 俺の知ってる話とはずいぶん違うな。

 いやまあ、別にそんな詳しいわけじゃないんだけど。

 少なくとも、子どもが生まれて来るなんて聞いたことも無い。


「そのために、私は……! この街の子供を殺し! なのに……!!!」

「おい、大丈夫か?」

「セリ、冷静にならなければ戻しますよ?」

「わ、わかってます! わかってますから!!」


 半狂乱だった女が、ようやく少し落ち着いた。

 ……つまりこいつは、呪いで出来た子供を産もうとしたのか?

 いや、産んだのか?

 でも、ならなんで……。


「お前は子を産んだのか?」

「……失敗しました。呪いであれば壊れている私でも産めると、そう確信していたのに。あの人の子だと、告げることも……」

「壊れてるって、どういう事だ?」

「私は子を産めません。あいつらに、あの屑共に壊されて……!」

「屑共?」


 女の顔がどんどんと歪んでいく。

 

「酒場で知り合った、旅のお方。私はその方と愛し合い、子を成したのです。しかしそれをしったあのお方の従者たちが……!」

「……」

「“あの方は重要な役割を果たすために旅に出ている、お前の様な娘が夢を見ていい人ではない“、と。そして私を拘束し……」

「わかった、もういい」


 これ以上聞くのは……。

 その旅のお方、とやらは余りにも……。


「この呪いについてはどこで知ったんだ?」

「旅のお方がお話しくださる珍しい御伽噺、その中の一つです」

「……珍しい、御伽噺?」

「はい、善悪様々な物語を語ってくださり、そのどれもが新鮮で! なんでも、“ねっと“とやらで流行っていたものらしく……。田舎育ちで学のない私には、あのお方は本当に輝いて見えました」


 おいおい。

 それって、つまりそういうことだよな……?

 

「あのお方に、私たちのお子を見せればまた振り向いてもらえるはずなんです! ですから、なんとしてもあの子を……! “あのような形”であれ、一度私から産まれたあの子が、もう一度自然な形で生まれれば、きっとあの方はっ!!」

「……もういい、大体わかった。――ロキシア、黙らせてくれ」

「はい。……口を閉じ、一言も発するな」

「は、はいっ」


 その一言でセリが黙る。

 ……一つだけはっきりした。

 この世界には、“俺以外”にも転生者がいる。

 まあ、俺がいるんだから他にいてもおかしくはないわな。


「フィル・クーリッヒ……」


 考え込んでいると、後ろからかすれた声が聞こえる。

 振り返ると、カノンが目を覚ましていた。


「カノン様、お目覚めになられましたか!」

「ちょっと前からね。話も聞いていたわ」


 そう言って、カノンは自分の身体に目を落とす。

 膨らんだ腹を見て、不快そうに目を細めると、そのままため息を吐いてまた目を合わせて来る。


「“これ”が産まれたら、今度はここが大変なことになるわね」

「え?」

「あの土砂崩れはそこの女が“これ“を産んだ時に起きたんじゃない? 違うかしら?」


 カノンがセリに問いかける。


「……そうです」

「やっぱりね……。なら、“これ”が私から産まれれば同じことが起きるんじゃない? 土砂崩れは起きなくても、ここら辺一帯が更地になってもおかしくはないわね」

「……かもしれませんね」


 全然考えてなかった。

 でもそうなる可能性は極めて高いだろうな。


「私が死ねば、“これ”はどうなるの?」

「それは……! だ、だめ! 辞めて、お願い!!!」

 

 セリがまたもや半狂乱になる。

 

「なら、やることは一つね」

「カノン様、どこか人里離れたところなら被害が出ないのでは……?」


 修道女が困ったように問いかける。


「そうね、でも“これ“は呪いそのものよ? それも極めて強力で、そして悪意の詰まった……」

「で、ではどうすると?」


 恐る恐る尋ねてみる。

 

「死ぬわ、“これ”を道連れに」

「カノン様!! それは絶対に!!!」

「私、呪いなんて産みたくないのよ」


 カノンの顔はまるで能面のように無表情だ。

 本音を隠して、仮面を被っている。

 

「ナイフを持って来なさい」

「カノン様……!」


 ……どうする?

 ここでカノンを見殺しにするか?


 ――あり得ないだろ。

 こんなこの世界の俺と同い年位のまだ若い女の子。

 そんな子が、自分から死ぬなんて許していいわけがない。


 それに、元はと言えばこの事件は“旅のお方”とやらの責任だ。

 そしてそいつは間違いなく俺と“同郷“だ。

 同郷の人間の責任は、取らないといけないだろう。

 

 幸い、俺には原作知識がある。

 カノンの中にいるのが呪いであれ赤子なのであれば、どうにかする方法はある。


「カノン様、2つほどお願いがございます」

「お願い? まあ、フィル・クーリッヒはここまでよく着いてきてくれた功労者だし、叶えてあげるわ」

「ありがとうございます。では、禁忌の地に入る許可を下さい」

「……は?」


 カノンが呆気にとられたように口を開け、押し黙る。

 そりゃそうだ、あんな所まともな人間なら絶対に行きたがらない。


「そしてもう一つ、私が禁忌の地からここに帰還するまでの間死ぬのをお待ちください」

「……何が目的?」


 カノンの顔が険しくなる。

 理解できない人間を見る目だ。


 覚悟を決め、深く息をする。

 格好つけた台詞は好きじゃない。 

 でも、ここではこういうしかないだろう。

 

「カノン様、あなたを救わせてください」





 


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