第17話 カノン④ 産みなおしたい
土砂崩れの起きた山。
私とフィル・クーリッヒはその山の麓まで来ていた。
「本当に従者を連れて来なくてよかったの?」
「俺の知識が正しければこの呪いは基本的に女性と子供に特化してますんで……。最も、どこまで正しいかは定かじゃないですけど」
「そこはもう少し位自身を持ちなさいよ……」
私が教会から連れてきた従者も全員女性だから、この山には連れてきていない。
それなのにこんな自信のない態度はどうかと思う。
「い、いや多分正しいです!」
「……まあ、いいわ。私をどうにかできる敵なんてそうそういないもの」
「万が一の時は俺を盾にして逃げてください」
「その覚悟は受け取っておくわ」
この男が私のために命を張る理由なんて無いはずだけど。
話半分で受け取っておきましょう。
「それで、他に何か知らないの?」
荒れた山を登りながらフィル・クーリッヒに話しかける。
今は少しでも情報が欲しいのが本音。
「うーん、後はあれですね! もし犠牲者が8人ならかなりまずい、とかですね」
「もう少し具体的に教えなさい」
「具体的な情報なんて無いですよ。とにかく8人だとまずいって事だけ」
「ふーん……」
「ちなみに、犠牲者は何人ですか?」
「……8人よ」
私の言葉に、フィル・クーリッヒは押し黙る。
正直この男の言葉をどこまで信用していいのかはわからない。
でも、気を引き締めた方がよさそうね。
「大丈夫よ、私は呪いの加護を持つ聖女よ?」
「そ、そうですよね……」
そう。
呪いが相手ならば、私が取り込んでしまえば問題ない。
たとえそれがどんな呪いでも、私なら御しきれる。
「さ、そろそろ着くわよ」
私たちが目指していたのは土砂崩れの発生地点。
山を登り始めて数十分。
ようやく到着したそこは、想像以上に荒れ果てていた。
そして何よりも、とっても臭い。
明らかに呪いが発生してた瘴気が色濃く残っている。
「どうですか?」
「間違いなく呪いの気配ね」
「警戒します……」
2人で辺りを見回す。
生き残っている木々と、その間を流れる川の様な大量の土砂。
その発端らしき場所の近くには、小さな洞窟らしき場所があった。
「カノン様、あの洞窟……」
「ええ、何か……!?」
目を凝らすと、黒髪の女が静かに立っている。
間違いなく、あの女が犯人ね。
存在そのものが呪いで出来ているような汚らわしい瘴気が身体中からあふれ出てる。
「あいつ、何か持ってる? あれは、箱?」
「カノン様、恐らくあれが“コトリバコ“です」
「やっぱり? 雰囲気がやばいのよね……」
今まで見たどんな呪物よりも瘴気の色が濃い。
あれは……本当にやばいわね。
「そこのお二人、どうかなさいましたか?」
女が話しかけて来る。
声すらも、正気を失わせるような狂気で満ちている。
「あなたの持っているその“箱”何が入っているの?」
「……これ、ですか?」
そういうと、女がどんどん近づいてくる。
フィル・クーリッヒが盾になるように目の前に立って剣を構える。
「それ以上近づくな!」
……意外。
有言実行してくれるのね。
「はぁ……」
女が呆れたようなため息を吐き、立ち止まる。
近づいたおかげで見えるようになった顔は、普通でいるようで目の焦点が全く定まっていない。
時折愛おしそうに何かを見つめるその瞳は、完全に狂気で染まっている。
「今すぐその箱を渡しなさい」
「この箱ですか? ふふ、いいですよ」
どういう事?
普通こんなに簡単に渡す……?
罠、とかかしら……?
「俺が受け取ります。あれは男なら問題ないはずです」
「お願いするわ」
こういう時に自分で率先して動いてくれるなら、連れてきて正解だったわね。
いざという時の保険のつもりだったけど、想像以上に役に立つかも。
「ふふ、どうぞ」
「……確かに」
フィル・クーリッヒが女から箱を受け取る。
……特に、何も起きない。
やっぱり、女にしか効果が無い?
「カノン様、呪いの処理は可能ですか?」
箱をよく見て見る。
……え?
ど、どういう事?
「ふふふっ」
「おい、何がおかしい?」
「いえ、別にっ」
そう言いながら、女は私たちを馬鹿にするようにクスクスと笑い続ける。
あの態度から言っても間違いない。
「この箱、空よ」
「……はい?」
「瘴気は感じるわ。でも、あるのはそこに何か“不味いモノ“が入っていたっていう痕跡だけなの」
何度も見ても、何も入っていないただの箱でしかない。
……どういうことなの?
「当然ですよ、だってもう……産まれてるんですから」
「……は?」
女がそう言った瞬間、洞窟の中から赤ん坊の声が聞こえる。
それも、幾つもの声が同時に聞こえるような。
「カノン様、これは不味いです! あの洞窟に、何か!」
「わかってるわ……!」
赤ん坊の声がどんどん大きくなる。
そのたびに、私の心の“正気“がどんどん削られていくような、そんな感覚が続いていく。
何よ、これ……!
「あ”あ”あ”あ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”」
声の主が、どんどんと近づいてくる。
オゾマシイ化け物の気配。
これは、明らかに……!
「ごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんね」
女が狂ったように連呼する。
狂ったようにと言うか、もう完全に狂ってる。
「カノン様! 逃げましょう、今すぐ!」
フィル・クーリッヒが私の手を引く。
「もう無理よ、だって……」
だってもう、洞窟から出てきてるもの。
「あ”あ”あ”あ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ” ぁ”ぁ”ぁ”」
泣き声なのかすらわからない絶叫が山全体に響き渡る。
洞窟から出てきたのは、人の形を取れてすらいない“何か”。
「な、なんですかあれ」
「知らないわよ……!」
赤黒い液体が、辛うじて人の形と分かるような状態でうごめていいる。
恐らく口であろう部位からは、延々と泣き声のような何かを発している。
異常。
あんなの、見たことが無い。
……呪い、なの?
「私がちゃんとしていたら、こんな事にはならなかったのに」
女がボソボソと喋る出す。
赤黒い“何か”は、女の側で止まり、泣き声は笑い声に変わっていく。
「私が、壊れていなければ……! そうしたら、ちゃんと産んであげられたのに」
女は泣きじゃくりながら化け物を撫でている。
……なんとなく、状況が分かってきた。
「フィル・クーリッヒ、あれは……」
「あの人の子供、なんでしょうか?」
「……多分ね」
フィル・クーリッヒにも状況は掴めたみたい。
……あれは、呪いによって産まれた子供だ。
あんなもの、私の加護でどうにかなるのかしら……。
「でも、もう大丈夫。次は、あの人に産んでもらえばいいのよ」
「……は?」
その瞬間、化け物が信じられない速さで私の元にやって来た。
な、なにが!?
「カノン様!?」
液体状の化け物が私の口から体内に一気に入り込んでくる。
苦しい、なに、なにこれ!?
息が出来ない、気持ち悪い……。
強制的に、吐き気を催す様な邪悪な呪いそのものが私の身体に入り込んでいく。
……これは、本当に不味い。
御しきれてない……!
「あはははは!! 私じゃ無理だったけど、あなたなら! 今度こそ、私のかわいい子を!!」
「カノン様! しっかりしてください、カノン様!!」
発狂した女の声と、悲鳴にも似たフィル・クーリッヒの声が聞こえる。
でも、もう意識が……。
私、ここで死ぬの……?
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