第16話 カノン③ コトリバコ
フィル・クーリッヒと話してから数日後。
私もクーロンまでやってきていた。
土砂災害と言うこともあって、瓦礫と土や倒木が溢れている。
道には家を失った避難民たちが茫然とした表情で座っていて、見るに堪えないといった感じだ。
正直心が痛む。
ちなみに今日は別に災害救助とかで来たわけではない。
この“災害”が、人為的に引き起こされた可能性があり、しかもそれが呪いによるものかもしれないと聞いたから視察に来ただけだ。
……別に、フィル・クーリッヒがどんな風に働いてるかを確認しに来たわけではない。
断じて違うわ。
まあでも、一応私が派遣した修道女達がちゃんとやってるか少し視察するくらいはするけれど……。
「カノン様、こちらです」
現地の修道女が指をさす方に、今回私が派遣したスタッフたちのキャンプがある。
忙しなく動く修道女たちの中に、子供たちも混ざっている。
あれが孤児たちだろうか?
「ありがとう、少し様子を見ていくわ」
「ええ、是非! 聖女様が来てくださったとあればみな喜びます」
「そう?」
私の周りには大量の護衛達がにらみを利かせている。
威圧感があるし邪魔じゃないかしら……。
とりあえず大きなテントがあったからそこに入ってみると、血と汗の異臭で鼻が曲がりそうになった。
うう、これはきついわね……。
周りには大量の怪我人がいて、その周りには修道女たちが必死な表情で面倒を見ている。
……想像以上にひどい状況ね。
「実際どう? 回ってる?」
私を案内した責任者らしき修道女が苦笑いを浮かべている。
回ってはいないみたいね。
「これでも、フィル様が来てからはかなりマシにはなったんです」
「フィル……孤児院の子たちよね?」
「ええ、一生懸命働いてくれています。男の子たちは救助活動をしてくれてますし、女の子たちは主に治療と……あと凄く頭がいい子が一人いて、その子がほとんど一人で事務処理をしてくれてます。あ、何人か部下の子もいますけど……」
「一人でって、凄まじいわね……」
「本当にすごいです。あ、今あそこにいますよ!」
修道女が指をさした先をみると、猛烈な勢いで書類を分けている。
な、なにあれ……。
「あの子も孤児なの?」
「みたいですけど……。この孤児院の子たち、大体みんな文字を書けるんですごいですよ」
「……奇特な」
恐らくフィル・クーリッヒの教育方針なんだろう。
……もうなんか、意味が分からない。
気になるから、すこしだけあの子に話しかけてみようかしら。
「こんにちは」
一心不乱に書類を読んでは分け、そして何かを書き込んでいる少女にむかって話しかけてみる。
「はい?」
不機嫌そうな声で返事をして、こちらを見る。
……完全にジャマね、私。
「あなた、お名前は?」
「ロキシアです。すいません、今忙しいので……」
「おい、貴様っ」
護衛達がロキシアと名乗る少女を脅すように声を荒げる。
もう、そんなことしたら余計邪魔になるじゃない……!
「良いのよ、忙しそうにしてるみたいだし」
「ですが……! おい、この方を誰かわかっているのか!?」
「わかりませんが、私が従うのはこの世でただ一人フィル様だけです」
「き、貴様……!」
ロキシアは最早目すら合わせず書類と顔を向き合わせながら話を進める。
……面倒くさいわね。
しょうがない、護衛を黙らせるしかないわね。
「あなた、良いから黙り……!?」
な、なに!?
後ろからとんでもなく禍々しい気配がする。
ふ、振り向かないと……。
まずい、まずいまずいまずい!!!
「……その子に何か、用?」
少女の声。
振り返るとおぞましい気配の正体が威嚇するようにこちらを見ている。
そしてその横にはフィル・クーリッヒも立っていた。
こいつ、なんて化け物連れてるのよ!?
どうしよう、襲われたら勝てる……?
周りへの影響を無視したらなんとかなるかしら……?
「こら、殺気を出すな」
「……はい」
フィル・クーリッヒの言葉で、一気に少女の気配が落ち着く。
護衛達は額に汗を流して怯え切っている。
そりゃそうよね、この子たちじゃ絶対勝てないもの。
「聖女様、大変失礼いたしました」
「……別にいいわ。それより、あなたが寄越した子供たちはしっかり働いているようね」
「ええ、それはもう! みんないい子たちですから」
フィル・クーリッヒが嬉しそうに笑う。
自分が褒められたみたいな顔ね……。
「それにしても、どうして聖女様がここに?」
「この災害の調査よ」
「調査? そんなものを何故聖女様自ら?」
当然の疑問ね。
普通の災害をわざわざ私が調べるなんて異常だわ。
ここで誤魔化したら、私がこいつの成果をみるためにわざわざ来たみたいになるわね。
……それはちょっと癪だわ。
「呪いの気配があるのよ」
「呪い……?」
「ええ、この災害は呪いによって引き起こされた可能性があるの。だから調査に来たのよ」
しかたないから本当のことを教えると、フィル・クーリッヒは考え込んでいる。
なにかを思い出そうとしてる?
「何か心当たりでもあるのかしら?」
「いえ、なにも無いのが逆に……」
フィル・クーリッヒが頭を抱えている。
心当たりが無いのが逆にってどういう事なのかしら。
こいつの言う事ってほとんど意味が分からないことばっかりだわ。
「その情報はどこから?」
「土砂崩れが起きる前に殺人事件が起きてたのよ。その事件の犯人らしき女が村から逃げ出して山に逃げ込んだらしいんだけど……」
「ほう……」
「その山が土砂崩れの起きた山なの」
「……それだけですか?」
フィル・クーリッヒがキョトンとした顔でこちらを見る。
「その犯人の行動が異様なのよ。犯人は産まれたばかりの赤ん坊を何人も殺して、指とへその緒を切って箱に詰めていたんですって」
「なんですか、それ」
フィル・クーリッヒが青い顔で額から汗を流している。
正直私も話すのも嫌になる。
余りにもむごいし、気持ちが悪い。
「間違いなく、呪いよ」
こういう異常な行動は大抵呪いのためのモノ。
しかも、これはかなり執念が籠っている。
「コトリバコ……」
「あなた、知っているの?」
フィル・クーリッヒが小さく呟く。
その名前は犯人の証言と、犯人が持っていた書物にしか書いてなかった。
それを、なんでこいつが?
「い、いえ……」
「誤魔化さないで答えなさい」
「いえ、本当にほとんど知らないんです。ただ昔ちょっとだけ聞いたことがあるだけで」
「それでも知っている事があるなら話なさい」
悩んでいるといった様子で頭を搔きながら、小さく息を吐く。
話す気になったんだろう。
「……昔聞いたことがあるんです。最大8人までの小さな子供の遺体の一部と動物の血で満たした箱は“コトリバコ“と呼ばれていて、凄まじい呪いの効果があるって」
「それだけ?」
「それだけです。詳しい内容は知りません」
「……そう。わかったわ、納得してあげる」
嘘はついていないって顔をしてる。
なんで知ってるのかはわからないけど、こいつが犯人って事は無いと思う。
「ただし、あなたも手伝いなさい」
「……はい?」
「犯人は逃げたって言ったでしょう? もしかしたらまだあの山にいるかもしれないわ。探しましょう」
「な、なぜ!?」
「そんなもの野放しにされてるなんて危険じゃない!」
……それに、こんな強力な呪いなら手に入れておくに越したことはない。
強力な駒になってくれるはずだわ。
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