第15話 カノン② 変人の娯楽

 教会で聖人として見出されてから数年。

 私は、遂に聖女へと至った。


 私の後見人が色々と動いてくれたおかげだ。

 その点だけは、感謝している。

 だから私は今のところ、彼の悪事には一切関与するつもりはない。


 なにやら大変私腹を肥やしているようだけど、別にそれを責めたりとかはしない。

 奴もそれで満足なのか、私が聖女になって以降は殆ど関わることも少なくなっていた。


 聖女になってからの日々は、今までよりは幾分かマシになった。

 さしあたって命の危機は無いし、呪いの蓄積も最小限でいい。

 苦しみ事態は続いてるけど、それでも今までを考えれば十分だろう。


 そんなことよりも、今は兎に角暇。

 暇すぎる。

 私に近づいてくるのは権力目当ての薄汚い政治屋か、能力目当ての乞食ばかり。

 ほんと、つまらない。

 

「聖女様、次の謁見の方が……」

「はぁ、今度は誰?」

「マルド伯のフィル・クーリッヒ様でございます」

「貴族か……、まあいいわ、通して」


 どうせまた誰ぞの呪いを解いてくれ、っていうつまらない願い事だろう。

 それか教会の権力を利用して何かしたいか。

 そのどちらかしかないと思う。


「カノン様、お目通り出来て光栄です」

「どうも」


 ため息を吐きながら待っていると、くだんのフィルなにがしが入ってきた。

 人相の悪い若い男。

 こういうのが民を苦しめてる悪い貴族ってやつなのかしら?


「で、用件は?」


 面倒だから早速用件を聞くことにしよう。

 貴族の心のこもってないお世辞は聞き飽きたわ。


「随分と急ですね」

「あなたたち貴族の言う事って大体同じだから飽きたのよ」

「はは! そうですかっ」


 本音を言ってやると、フィルが大笑いしている。

 ……何が面白いの?

 

「いいから、本題に入りなさい。誰の呪いを解いてほしいの? 若しくは……かける側?」

「いえ、そういった要件ではないです。本日はお願いがあってきたのです」

「そう、じゃあ教会の権力を使いたいの? 離婚とか?」


 離婚は貴族の願い事ランキングでも上位だ。

 宗教的には離婚は禁止だから、離婚と言うか婚約の無効化が正しいけど……。

 実に詰まらなくて身がってな願いで、私はこの願いが一番嫌い。

 大抵子供が出来ないとか、男が産まれないとか。

 そんな理由ばっかり。

 種の方が悪いんじゃないの?って言ってやりたい気分になる。

 ……流石に言わないけど。


「いえいえ、違いますよ! 先日、クーロンで大規模な土砂災害があったでしょう?」

「ああ、あったわね。相当な被害が出てるとか……」


 死者で言うと100人以上出てる大災害らしい。

 この国でもかなり田舎の方なのにあんなに死者が出るなんて、一体どれだけの規模なのかしら……。


「教会でも大規模な救援部隊を出していると聞きました」

「ええ、そうよ。それがどうかしたの?」


 回復魔術を使える修道女とか、医療技術のあるメンバーを数百人規模で派遣してる。

 何かしてあげたくて、普段コキ使われてる分コネをフル活用してやった。

 

「そこに、我々の孤児院からも人員を派遣したいのです。その許可をいただきたい」

「……はい?」


 どういう意味……?

 何が狙いなのかさっぱりわからない。

 フィルの顔を見ると、悪人顔なのに目だけキラキラ輝いててすごく気持ちが悪い。

 顔と言動があってないのよ、こいつ。


「我が領土では大規模な孤児院を経営しているんです。その孤児たちを数十人派遣させていただけませんか? もちろん、派遣費用は俺が持ちます」

「それはなんというか……あなたになんのメリットがあるの?」

「孤児たちに医療現場での経験を体験させられます。いずれ独り立ちするときに必ず役に立つかと思いまして……」


 ……なんというか、唖然としてしまう。

 こんな事を言いだす貴族と話すのは、産まれて初めてだと思う。


「……あなた個人は何の得があるの?」

「聖女様、知っていますか?」

「何?」

「良い事をすると楽しいんですよ。自己肯定感っていうのは究極の娯楽ですから」

「そ、そう……」


 フィルが実に楽しそうに笑っている。

 きっとそれが本心なんだろう。

 なんというか、余りにも特殊な人過ぎて戸惑ってしまう。

 

 ……でも、少なくとも。

 少なくとも、今まで出会ってきたどんな人よりも好感が持てるのは間違いない。


「どうでしょう、許可いただけますか? もちろん、決して迷惑はかけません!」

「良いわ、許可してあげる」


 この男の真意はわからない。

 もしかしたら、これで借しを作って何かしたいのかもしれない。

 でもまあ、多分害はないと思う。

 許可してあげるとしよう。


「ありがとうございます!」

「ただし、現場では我々に従うこと。それが条件よ」

「もちろんです!」


 邪魔にならないと良いけれど……。

 ま、力仕事でもなんでも、向こうには仕事は無限にあるでしょ。

 

「ところで、あなたも行くの?」

「ええ、もちろん行きますよ! 心配ですから」

 

 心配って言うのは、多分孤児たちの事なんでしょう。

 なんというか、本当に気味が悪くなる……。


「あなた、なんで孤児院なんて経営してるの……?」

「さっきも言いましたよ、いい事をするのって楽しいんですよ。娯楽です、娯楽」

「……随分、変わった趣味ね」

「よく言われます。では、今日はこれで失礼いたします」


 そう言って、フィルは頭を深々と下げて帰っていく。

 善行が娯楽……。

 考えたことも無かったけど、分からないでもないわね。

 加護の力で誰かの命を救った時は、苦しいけど嬉しい。

 多分、それと似たような事よね。


 ……フィル・クーリッヒ。

 また話してみたい、かも。





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