第9話 ルイーゼ③ 無能な上官の末路
山賊の包囲から決死の覚悟で抜け出したボクたちは、なんとか敵の追撃を振り切る事が出来た。
とはいっても、まだまだ油断は出来ないけど……。
とりあえず今は休憩中。
息を整えるために少しだけ座り込んでいる。
もう五分以上たつけれど、心臓の鼓動はまだ収まらない。
あの時、フィルがいなかったら間違いなくボクは死んでいた。
……いや、死ねたならまだマシかもしれない。
現実は犯され、売られていただろう。
「な、何人生き残った?」
隊長が息も絶え絶えといった様子で周りを見渡しながら、ようやく現状の確認をする。
そんなことは最初に聞いておくべきなんじゃないかな。
怒りと呆れがこみ上げてくる。
「半分ほどかと……」
「ば、馬鹿な……」
側近らしき男が人数を伝えると、隊長は辛うじて立つことを支えていた膝を折ってうなだれて始めた。
あの状況から半分も残ってるならまだマシではあるけど、それでもやっぱりショックだ。
仮にも王都から派遣された正式な討伐隊が山賊にやられるなんて、恥以外の何物でもない。
「きゅ、休憩が終わり次第反転し攻勢をかけるぞ!」
「はあ!?」
隊長が気の狂った事を言い始めた。
みんな一斉に振り返って抗議の声を上げている。
そりゃそうだよ、こんな状況で反撃なんて無茶苦茶すぎる。
「貴様らは山賊程度に敗れていいと思っているのか!?」
「ですが、敵の数は我々の想定を大きく超えていました!」
「知るか、そんなこと! ここで帰れば私の名声は地に……!」
そこまで言って、自分がどんな事を言ったのか理解したのか隊長が押し黙る。
つまりこの人は、自分の名声のためにここに残っている兵士を皆殺しにしようとしているのだ。
そんなの、許されるはずがない。
他の人たちも、みんな隊長を睨みつけている。
「な、なんだ貴様ら? 私は男爵だぞ?? 男爵の私に歯向かうのか!?」
そういうと、隊長の側近らしき兵士たちが隊長を守るように囲む。
みんな立派な装備で、鍛え上げられているのが伝わる。
ボクたち一代騎士とは受けてきた訓練の質が違う。
「いいか、ここで私に殺されるか、それとも名誉の戦死を遂げるか、二つに一つだ。貴様らの家族の事も考えた方がいいと思うがね?」
家族……。
ボクがもしここで男爵に歯向かって殺されたら、きっと一代騎士の父さんにも迷惑がかかる。
そうなったら、兄弟たちもみんな路頭に……。
で、でも!
倍以上いる敵の本拠地に攻め込むなんて、そんなの死にに行くようなものだ。
いやだ、いやだよ。
死にたくないよ……。
死ぬのは怖いよ。
なんで少しでもマシな人生にするためにこの道を選んだのに、最初の一歩で死なないといけないんだよ……!
「ここで逃げなきゃ、お、お前だって死ぬんだぞ!?」
精一杯の勇気を振り絞って隊長に反論する。
顔中に冷や汗をかいて青ざめた顔をした隊長は、ニヤリと笑いながらこちらを見る。
「それで結構だ! 山賊から逃げかえって我が家の名誉を穢すより、名誉の戦死を遂げた方がよっぽどましだ! 貴様も貴族になりたいのなら、家のために殉ずる覚悟位持っておけ!」
だめだ、完全に目が据わってる。
覚悟を決めて、ボクたちを道ずれにする気でいっぱいだ。
確かに、貴族としては立派かも知れない。
だけど名誉なんかのために何十人も巻き添えに自殺するなんて、そんなの……!
「リゼ、蹴散らせ」
「……わかった」
突然、目の前の護衛達が倒れる。
いや、正確に言えば一人の女の子……リゼに殴り飛ばされた。
フィル、何をするつもりなの……?
「家のために覚悟を決めているのは結構だが、もう話し合っている時間はないんだ」
「な、なにを……?」
護衛が居なくなった隊長の前に、フィルが剣を持って立っている。
隊長は尻もちをついて目の前に立つフィルを見あげてる。
まるで、演劇の一幕の様な光景だ。
「お前とその従者には名誉の戦死をくれてやる。俺たち一代騎士を守るために盾になった英雄としてな」
「ふ、ふざけるな!」
「ふざけてなんてない。聞こえないか? もう敵はすぐ近くまで迫ってる。……本当ならもっと冷静に話し合って解決したいんだけど、悪いけどそんな時間は無いんだ」
「ま、待て! 待ってくれ……!」
「命乞いなんてするなよ、死ぬ覚悟があったんだろ?」
「や、辞めろ!!」
隊長の制止を無視して、フィルは隊長に剣を突き刺す。
隊長は少しだけ悶えた後、動かなくなった。
横を見ると、隊長の側近達もリゼに殺されている。
「よし、これでいいな。全員で逃げるぞ」
「え、え……?」
周りの兵士は呆然として、何がなんだかわからないって感じだ。
というか、ボクもその一人なんだけど……。
「迷ってる暇はないぞ! もう目の前まで敵が来てる!」
耳を澄ますと、確かに足音や喧噪が聞こえて来る。
山賊たちが、ボクたちを狙って追ってきてるんだ。
身体の震えが大きくなっていくのがわかる。
落ち着け、落ち着け……。
「撤退戦の殿は俺とリゼがやる。お前たちは走って森を出ろ!」
「ちょ、は!? なんで殿なんて……!」
撤退戦における殿とは、ようは囮だ。
自分の命と引き換えに部隊への被害を少しでも減らす時間稼ぎ。
ただ酒場で会って雇っただけの関係。
そのはずなのに、なんで命をかけれるの……?
「フィルそれじゃあなた……!」
「大丈夫、死なないから」
そう言って、フィルがボクの頭を撫でる。
同い年位のはずの手のはずなのに。
なのに、なぜだかとても安心できる。
「森を抜けるときはルイーゼの指揮に従え!」
「な、え!?」
ルイーゼの指揮、って?
ど、どういう事??
「フィル、何言ってるの!?」
「大丈夫、君ならできる。というか、君にしかできない」
「だ、だからって……!」
「君は軍を率いることにかけては天才だ、だから大丈夫」
ボクを諭すように、フィルがやさしく声をかけてくれる。
周りの兵士たちは、疑うようにボクを見てる。
当然だ、自分の命を懸けるのにこんな小娘じゃ……。
「天才とか、なんでわかるんだよ」
「“知ってるから“だよ」
「……どういうこと?」
知ってるから?
ボクとフィルがあったのは今回が初めてなのに、何を知っているの……?
「ほら、頼むよ。俺は殿だから着いて行けないんだ」
「フィル……!」
敵の足音がどんどん近づいてくる。
フィルはその音に反応して、敵の来る道の方に向かって歩き始めてしまう。
たった一度の戦場を過ごしただけの彼と離れるのがつらい。
涙が溢れて、止まらなくなる。
いやだ、死にたくない。
死なせたくない……!
「帰ったらまた俺を雇ってくれよ」
「……わかった、必ず雇う。だから……」
だから、必ず生きて帰ってきて。
その一言が、出てこなかった。
どうしようもない絶望的な事だってわかってるから。
「ルイーゼ、お前はそっちの道からいけ」
二手に分かれる道の左側に指をさす。
彼の言わんとすることがわかってしまう。
とても効率的な、絶望的な考え。
「頼んだぞ」
ボクは、その言葉に無言で頷いて部隊の一番前に向かった。
―――――
読んでいただきありがとうございます。
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