第8話 ルイーゼ② それは最悪の初陣

 街の外の練兵場。

 ここは簡易的に集められた兵士達の詰め所にもなっている。

 今ここに、目を血走らせて興奮している100人近い男達が集められていた。

 目的は、山賊狩り。

 今はその決起集会の真っ最中だ。

 一代騎士やその子供が人を雇ってこの戦場に参加している。


 ボクの隣にいる男の子……フィルはそんな男達とは対照的に余裕そうに立っている。

 その隣にいるリゼは周囲を警戒するように見回している。

 どちらとも共通しているのは、“慣れている”と言った印象だろう。


「諸君、集まってくれてありがとう。私が今回この山賊討伐の指揮を執るエルメロイだ。西方の街、エルキドの男爵を務めている」


 男爵……!

 土地持ちの中でも数千人の人口を持つ街を持ってる上級貴族。

 ボクみたいな一代騎士の娘とは違う、本物の貴族だ。


「敵は数十人規模の傭兵崩れで、付近の村を壊滅させている。食料の備蓄も次の冬を越せるくらいはあるだろう。ここで叩かなければ厄介な事になりかねない」


 それだけ食料があるなら他の山賊と合流してもっと大きな勢力になるかもしれない。

 そうなったら、いよいよ被害が大きくなる。

 周辺の領主もわかっているんだろう。

だからこそ、こうやって100人近い人数を集めてる。

 

「今回はかなりの額の報酬も用意している。数千人の民の安全のために、どうか力を貸してほしい!」


 男爵のその言葉に、みんな一斉に大声を上げる。

 ボクだって、ここで手柄を立ててあんな立場に……!


「フィル、リゼ、ボクたちも頑張ろうね」

「もちろん、全力で戦うとも」

「……がんばる」


 この二人が頼りだ。

 なんとしても、ここで……!


 ―

 ――

 ―――

 ――――


「この森を抜けた先に山賊たちに占領された村がある」


 森の中のけもの道を歩きながら、隊長が説明を始める。

 ……いよいよ戦場が近づいてきてる。


「敵の数は精々数十人、倍以上の数がいる我々なら負けることはない。とにかく私の指示に従えば絶対に勝てる」


 隊長が自信たっぷりに宣言する。

 実際、ボクたちはこれでも産まれた時から訓練を積んでいる。

 たいして敵はただの山賊。

 それが倍の数いるんだから、普通にやればまず負けない。


 ……でも、なんだろう。

 本当にこんなに油断してていいのかな?

 これって、戦場なんだよね?


「作戦は極めてシンプルだ。敵に気づかれて逃げられる前に強襲し、出来る限り掃討する」


 作戦、っていうのかなこれ?

 余りにも、なんというか……。


「斥候は出さないのですか?」

「……なに?」


 フィルが質問すると、不機嫌そうに隊長がこちらを見る。

 ボクも思ったけど、フィルの立場でそれをいったら……!


「貴様、一代騎士の……いや、その従者の分際で私に意見するのかね?」

「申し訳ございません、ですが敵の正確な数もわからずに戦うのはいささか……」

「はあ、これだから庶民は……」

 

 うう、やっぱり怒り出しちゃった。

 戦場で男爵に意見するなんて、最悪殺されるかも……。


「いいか、よく聞け? 我々は敵に倍する兵力を持っている。そして我々の任務は敵の殲滅だ! ならば、敵に気づかれるリスクを犯さず数でもって押すのが道理というものだろうが」

「ですが、敵の数が……」

「くどい! これ以上の発言は死を対価とすると心得よ!」

「……申し訳ございませんでした」


 そう言って、フィルは黙り込む。

 うう、どうしよ。

 フィルの意見もすごくわかるんだけど……。


「フィル……」

「ごめん、自分の立場を忘れてた」

「あ、うん……。き、気を付けてね?」


 慣れてると思ってたけど、意外とそうでもない?

 まあ、まだボクと同じくらいの歳だろうしね……。

 ちょっとフォローしとこうかな……。


「フィル、ボクも斥候は必要だって思ってはいるよ。でもね……」

「ありがとう、わかってるよ。今後は立場をわきまえるよ」


 そう言って、フィルが頭を下げて来る。

 頑固な子じゃなくてよかったな。


「よし、見えてきたぞ! 総員準備せよ!」


 暫く歩くと、獣道の先に集落が見えてきた。

 殆ど作戦らしい作戦なんてないけど、大丈夫、だよね?


 集落までは1キロも無い。

 周りにはまだボクたちを囲うように森がある。

でも、この森ももうすぐ抜ける。

 後は平たんな道が集落まで続いているだけ。

 そこに出れば敵も多分気づく。

だから、もう覚悟を決める。

 やるしかない……!


「行くぞ! 総員心の準備を」

「放て!!!!!!」 


 隊長が言い切る前に、森の中から大きな声が聞こえた。

 瞬間、矢の雨が私たちに降り注ぐ。

 なに、どういう事!?


「突撃いいいいいい!!!!!」

 

 弓の攻撃が終わった直後、とてつもない大声が聞こえた。

その声と共に、山賊たちがボクたちを囲むように飛び出してくる。

 その数は、とても数十人なんてものじゃない。

 矢の数も考えたら、間違いなく100人を超えてる……!

 

 何がどうなって……!


「矢が刺さって……! 助けてくれ!!!」

「こ、こっち来るなああ!!!」


 周りのみんなは完全にパニックを起こしてる。

 このままだと、みんな死んじゃう……!


「う、うろたえるな! 戦え!」


 震えた声で隊長が指揮をとろうとしている。

 誰も聞いてないけど……。

 

 山賊たちが四方八方から鬼の形相で迫って来る。

 あと何分もしないうちにここに来ると思う。

 そうなったら、こんな混乱した状態じゃ戦いにならない。

 囲まれてるから逃げ場も無い。

 つまり、詰みだ。


 どうしよう、ボク、ここで死ぬのかな?

 何もできてないのに、こんなくだらない戦場で……。

 騎士にだって、なれてないのに。


「俺たちが道を作る! 後に続け!!」


 誰かが大声で叫ぶ。

 声の先を見ると、フィルが立っている。

 

「フィル……?」

「しっかりしろ、手柄を立てるんだろ?」

「う、うん……!」


 フィルの声で、ボクは一気に冷静になれた気がする。

 そうだ、生き残るんだ。

 生き残って、手柄を立てて、そして騎士になる。

 じゃないと、産まれてきた意味が無い。

 ボクはまだ、何もしていないじゃないか!


「リゼ!」

「……わかってる、よ!」


 四方を囲む山賊たちの包囲。

 その一部をにリゼが突っ込み、蹴散らしている。

 ど、どういう事……!?


「活路は開いたぞ!!!」


 フィルの叫びに呼応して、兵士たちが一気に包囲の穴に殺到する。

 周りの山賊たちが怯んでいるうちにみんな一斉に駆け出したおかげで、ボクたちはなんとか最初の包囲から抜け出せた。


 















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