第10話 ルイーゼ④ 従者の正体
敵の追撃は目前まで迫っている。
フィルとリゼはちょうど部隊の最後方に到着しているようだ。
恐らく、もうそろそろ接敵するころだろう。
「みなさん、速やかに整列してください!」
ボクは出来る限りの速さで部隊を列になれべる。
撤退戦はとにかく整然と行うことが大事だ。
だからさっきまでのようなぐちゃぐちゃの陣形ではすぐに追いつかれ、全滅してしまう。
「全員並び終えました!」
この戦場で死んだ一代騎士の従者だった人がボクの横に来て報告してくれる。
声もはっきりしてるし、かなり優秀な人だと思う。
「わかりました。では列を崩さずに駆け足で行きますよ!」
本当はフィルに挨拶をしたいけど、今はそんなことをしている場合ではない。
急がないと……。
「て、敵がきた……!!」
後方にいる兵士が恐怖の声を上げる。
見ると、後ろの道の向こうから山賊たちが走ってきているのが見える。
兵士たちはみんな恐怖の声を上げている。
まずい、このままだと……。
「遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!!!」
フィルが大声で叫ぶ。
「俺の名はフィル・クーリッヒ! 高祖ナイル・クーリッヒがマルドの地を開拓し、その地に根付いたクーリッヒ家、そこから脈々と続くマルド伯爵の前当主、ドーラ・クーリッヒが長男、マルド伯爵フィル・クーリッヒである!」
そう言って、フィルが高々と剣を掲げる。
豪華で煌びやかな、戦闘には不向きな剣。
それは、間違いなく上級貴族に渡される宝剣だ。
と、いう事は。
フィルは、本当に伯爵……?
な、なんで??
なんで、伯爵がこんなところに……?
周りを見ると、みんなうろたえている。
山賊たちの迫って来る足音も止まって、ガヤガヤと声が聞こえる。
そりゃそうだよ、こんなところに伯爵がいるなんてびっくりするに決まってる。
「この隊を率いていた男爵は死んだ! 俺がこの隊の新しい隊長である!」
……もしかして。
フィル、囮になろうと……?
「後ろの有象無象とは違う、本物の貴族の首だ! 欲しければ、狩り取って見せろ!!」
間違いなく、フィルは囮になろうと……。
だったら、その意思を無駄にしないようにしないと……!
「みんな走って! 全速力で撤退!」
呆けている兵士たちを目覚めさせるために大きな声をだす。
このままぼーっとしてたら、フィルの覚悟が無駄になる……!
「突撃ぃぃぃ!!!」
後方から山賊たちの怒号が聞こえる。
かまうもんか。
全速力で逃げるんだ。
そして、全員生きて帰す……!
―
――
―――
――――
呼吸が苦しい。
頭も痛い。
ずっと走り続けてるから、もう体力が……。
後ろを見ると、兵士たちもみんなついてきてる。
山賊がやって来る気配はない。
……よかった、なんとか逃げられたかな。
まだ森の中。
油断はできないけど、ここらで休憩しないと……。
「みんな、そこの開けた場所でちょっと休憩しよう」
目の前にある少し開けた空間。
あそこなら、とりあえず休めるだろう、多分……。
「交代で4人見張りで立って、それ以外は息を整えてもらえる?」
そう言いながら、フラフラになってる兵士たちに指示を出す。
みんな倒れるように横になってる中で、なんとか立てそうな人たちを見張りに指名する。
「お願いね」
「……はい」
うーん、不満そう。
そりゃそうだよね。
「ごめんね」
「いえ、仕事ですから……」
なんとか納得してくれた。
よかった、見張り無しで休憩は流石に危険すぎるもん。
あたりを見回すとみんな疲れ果ててる。
でも、疲れ方にも差があるように見える。
横になってぐったりとしてる人たちは、多分当分走れない。
座り込んでる人たちは、まあ多分ちょっと休めば走れるかな?
隊列の組方、どうしようかな……。
本当ならぐったりしてる人たちを後ろに回すのが正解だと思うけど……。
いや、駄目だ。
そんな捨て駒みたいな……。
「敵の気配、どうかな?」
「今のところは足音とかは特に……」
見張りに話しかける。
とりあえず現状は大丈夫そうだ。
フィルは、まだ大丈夫かな?
時間稼ぎのために、多分彼は反対の道を進んでる。
まだ生きているとしたら、かなりの時間を稼いでくれているだろう。
もし死んでても、山賊たちがボクたちを追うには来た道を戻るしかない。
相当な時間稼ぎになるはずだ。
……い、いやいや!!
死ぬとか、そんなこと考えちゃダメ……!
「あのフィルって人、あなたの従者でしたよね?」
「え? あ、うん……」
「伯爵、なんですか……?」
見張りの兵士が怪訝な顔でボクを見る。
そりゃ当然怪しむよね。
「わかんない。ボクも酒場で雇っただけだし……。ただ、あの宝剣は間違いなく本物だよ」
何度か本物の宝剣を見たことがある。
みんな一様に、偽物にはだせない確かな輝きがあった。
「だとしたら、なんでこんなところに? それに、あんな囮みたいな……」
「わかんないけど、いい人なのは間違いないよ」
いい人、善人。
言葉にすると、彼を表すには薄い言葉すぎる。
それくらい、今日の彼の行動は他の人じゃ真似できない物だと思う。
他人のために命を投げ出すのは、どこか一線を越えている。
でも、彼みたいな人に納められている領地はきっと幸せなんだろうな。
あんな、他人のために命を張れる人。
他者のために自らの命を差し出すのは貴族の理想的な姿だ。
もし。
もしも、もう一度会えたなら。
その時は、彼に恩返しをしないと。
どんなことだってする。
……だって、命を救われたんだから。
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