第4話 リゼ③ わたしが孤児院を卒業することになった日のお話

 わたしがフィルに買われてからもう何年も経った。

 フィルの言った通り、同じような境遇の子たちがたくさん買われたり、拾われたりしてきて孤児院はすぐに人でいっぱいになった。


「リゼ、食事が終わったらフィル様のお屋敷に行きなさい。」

「……なんで?」

「さあ? まあただ、怒ってる感じではなかったわ」

「……そう」


 同じ時期に買われてきたロキシアがわたしを呼び止めてきた。

 フィルに呼びだされるなんて、なんだろう……何か悪い事でもしたかな?


「えー! リゼずるい!」

「あたしも行きたいよー!」

「ねー!」


 話を聞いた他の孤児たちが集まって来る。

 基本的には孤児院の子たちはフィルのお屋敷には招かれない。

 成績優秀者が呼ばれて一日貴族体験、みたいなご褒美はあるけど、それくらい。

 ……わたしも滅多に入れないから、ちょっと嬉しい。


「ほら、あなたたち早くもどって勉強しなさい! 今回はご褒美じゃないんだから」

「でもでも! フィル様に会いたいよ!」

「そうだよ!」


 ロキシアが他の子たちを宥めてくれてる。

 ロキシアはこの孤児院のリーダーみたいなもので、みんなをまとめてる。


 大変そうだな、って思うけどその分フィルに一番会えるのも彼女だからずるいなとも思う。

 わたしも、出来ることなら毎日フィルとお話ししたい。


 あの日、フィルに買われた日に感じてた不安はこの数年で全くなくなった。

 今は、出来るだけフィルの役に立って、フィルの側にいたいと思ってる。

 多分、この孤児院の子たちはみんなそうだと思う。


「……じゃあ、フィルに会いに行ってくるね」

「何度も言うけど、フィル様を呼び捨てにするのは辞めなさいっ」


 ロキシアがわたしを睨む。


「……フィルに言われたら、ね」

「またそうやって……!」

「……じゃあね」


 お小言が始まりそうだったからすぐに走って外に出ることに した。

 追いかけてきてるみたいだったけど、ロキシアは頭はいいけど運動は全くできないからすぐに声が聞こえなくなった。



 ―

 ――

 ―――

 ――――


「やあリゼ、元気にしてる?」

「……うん、楽しい……です」


 お屋敷についたわたしは、すぐにフィルとお話しすることになった。

 数年前とは違う緊張で、胸が張り裂けそうになる。


「そっか、よかったよ」

「……ありがとう」


 緊張でいつもよりまともに話せない。

 あんまり話すのは得意じゃないけど、それでも、もうちょっとちゃんと……。

 

「そうそう、誕生日おめでとう!」

「……え? あ、ありがとうっ」


 わたしはちょっと前に15歳になった。

 孤児院でちょっとしたパーティとかもして、楽しかった。

 ……フィルが来てくれるかもって、ちょっとだけ期待したけど。


「本当は会いに行きたかったんだけど、色々忙しくてね」

「……だいじょうぶ」


 怒ってないよって伝えたくて、出来るだけ明るい声を出したつもり。

 ……つもりだけど、多分伝わってないと思う。


「リゼも15歳だ。そろそろ孤児院を卒業しても良いころかなって思うんだけど、どうだろうか?」

「……え?」


 目の前が真っ白になる。

 いやだ、いやだいやだいやだいやだ!!

 フィルと離れるなんて、絶対に嫌だ……!!!

 この先わたし、どうすれば……!


「……あの、えっと、それって、ここから出て行けって……こと?」


 涙が止まらない。

 フィルに捨てられるって考えただけで、死んでしまいたくなる。


「あ、いや違うぞ! そういう後ろ向きな事じゃなくて……!」

「……じゃあ、どういう?」

「だからな、えっと……俺の護衛になってくれないか?」

「……護衛?」


 護衛……?

 それって、つまり。


「そう、リゼなら安心して任せられるかなって思うんだけど……どうだろうか?」


 護衛なら、ずっと。

 ずっと一緒にいられるって事だよね?

 そんなの、すごく……。


「……やるっ」

「孤児院にはいられなくなっちゃうけど、大丈夫?」

「……でも、フィルとはずっと一緒、だよね?」

「え? ああ、それはもちろん。どこに行くにも一緒だよ」

「……なら、やる」

「そ、そうか!」


 真っ白だった視界が晴れる。

 ずっと一緒にいられる。

 護衛、だから。

 護衛なら、お風呂とか、寝るときとかも……。

 ずっと、ずっと一緒。

 フィルを守って、フィルのために、フィルとずっとずっと、ずーっと一緒。


 わたしを買ってくれて、絶望から救い出してくれた。

 そんなフィルの為なら、わたしはなんだってする。

 どんなことだって……!


「……これからは、ずーっと一緒」

「あ、ああ、頼むぞ!」


 なんか、ちょっとだけフィルの顔が引きつってるような気がする。

 多分、気のせい。

 

 だって、フィルはわたしを選んでくれたから。

 他の子たちじゃなく、わたしが一番最初で、特別で……。

 だから、わたしたちはお互いに愛し合ってる。

 フィルもわたしも口下手だから、伝えられないけど。


 でも、その分行動で示せばいいよね?

 フィルだって、きっとそれを望んでる。

 ……だって、わたしはフィルとずっと一緒の護衛だから。


「あ、そうそう。屋敷にリゼの寝る部屋も作ってあるから荷物はそこにおいてくれ」

「……いらない」

「いや、いらない事はないだろ」


 フィルが困った顔をする。

 でも、わたしだって困ってる。

 わたしの寝る部屋はフィルの寝る部屋なのに、わたしの部屋って何?

 そんなの、いらない。


「……荷物は、適当に倉庫でいい」

「倉庫って……。だとしても、寝る部屋はいるだろ?」

「一緒に寝る、から」

「……誰と?」

「……フィル、と」


 フィルが頭を抱えている。

 どうしたんだろう、そんなに嬉しいのかな?

 ニヤけた顔を隠してるのかもしれない。


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