第3話 リゼ② 次はお屋敷に着いた時のお話

「さあ、着いたよ」


 目の前には大きなお屋敷がある。

 見た事ないくらい大きくて、綺麗な家。

 ……わたし、今日からここで過ごすの?

 

「えと……」

「ほら、早く行くよ。そんな格好で外にいるのも色々不味いし」


 ふと、自分の恰好を思い出す。

わたしが着ている布切れ一枚をどうにか服と言い張っているような服は、間違いなくこのお屋敷には相応しくない。


「……ごめん、なさい」

「ついたらお風呂に入って、その後もう少しまともな服に着替えような」


 そういって、男の子がわたしの頭を撫でる。


「あ、はい……」

「じゃあいこうか」


 頭にあった手がわたしの手を握る。


 屋敷の中は更に豪華だった。

 少なくとも、わたしが住んでいたテントとは比べ物にならない。


「お風呂、一人でも入れる?」

「……え、わかんない、です」


 そもそもおふろが何なのかよくわかんない。


「あー……。もしかして、お風呂がなにかわからない?」

「……はい」

「まあ、水浴びみたいなものだよ。水じゃなくてお湯だけど」

「……お湯!?」


 お湯に入るって、何?

 やっぱりこの人、わたしを……。


「いや、お湯って言ってもそんな熱い物じゃなくてな! ちゃんと気持ち良い温度だからっ」


 全然言っている意味が分からない。

 この国の人間はわたし達を襲い、騙し、奴隷にする悪い奴らだ。

 だからきっと、この男の子だってわたしに酷い事をするに決まってる。

 騙されない……。


「……一緒なら、いいですよ」

「一緒!?」


 男の子が、すごく困った顔をする。

ほら、やっぱり。

わたしをひどい目にあわせる気だったんだ。


「……一緒じゃないなら、入りたくないです」

「そ、そうは言ってもな……」


 ……困ってる。

 ほんの少しだけ信用してもいいかもって思ってたけど、やっぱり間違いだった。

 まあ、どうせ無理矢理入らされるんだろうけど……。

 火傷じゃすまないだろうな……。


「どうしても一緒じゃないとだめか?」

「……はい」


 男の子が大きくため息を吐く。


「わかった、一緒に入ろうか」

「……本当に、いいんですか?」

「それはこっちのセリフだけど……。まあ、子供だしいいだろ」


 ……?

 本当に、いいの?

 お湯に入るなんて、絶対火傷するのに。

 意味が分からない。

 でも、こうなったらわたしも入るしかない、よね。


 ―

 ――

 ―――

 ――――


「……気持ちいい」

「だろ?」


 二人で、お湯に浸かる。

 お湯って言うから、すごく熱い物を想像してたけど全然違った。

 気持ち良くて、ずっと入って居たくなるような温度。


「……ごめんなさい」

「ん?何が?」

「……わたし、もっと熱くて苦しいって思ってました」

「知らないところに連れて来られたんだ、警戒して当然だよ」


 男の子は、怒っていないみたい。

 ……もしかしたら、この人は本当にわたしを苦しめようとなんとしてないのかも。

 だとしたら……。


「……ありがとうございます」


 それにしても、本当に気持ちいいな。

 目を閉じたら眠っちゃいそう。


「眠い?」

「……すこし、だけ」

「この後はごはんも用意してるから、食べ終わるまでは我慢してな」

「……はい」


 ……ごはん。

 どんなの、だろ。


「……ど、どうして」

「ん?」

「……どうして、こんなこと?」


 わたしは奴隷として買われてきたのに。

 どうして、奴隷にこんな事するんだろう。

 

「うーん、まあ趣味、かな?」

「……趣味?」


 趣味って、どういう事なんだろう?


「孤児院を作ろうと思ってるんだ。だから、その一環というか、そんな感じ?」

「……?」

「暇なんだよ、貴族って」


 ……暇?


「……暇だから、孤児院?」

「そうそう!」


 よくわかんない。

 でも、この人がなんの嘘もついてないってことは、なんとなくわかった。


「……楽しい?」

「実は、君がはじめての子なんだ」

「……はじめて」


 だから他に子供が誰もいないんだ。

 わたしが見たのは使用人みたいな人だけだった。


「これからどんどん増える予定だけどね」

「……そう、なんですね」

「みんなが寝泊りするための屋敷も建ててるんだ!」


 なんでこの人、こんなに楽しそうなんだろう。

 わたしには、よくわからない。


「だからさ、そんな不安そうにしなくても大丈夫だよ」

「……え?」

「怖いのは、すごくわかる。君の故郷がどこかは知らないけど、いきなりこんな所に連れて来られたら不安にもなるよな」


 ……不安。

 それは、間違いない。

 とっても不安だし、怖い。

 今だって、いきなりこの人が殴りかかってきても、わたしはなんの抵抗も出来ないんだ。

 怖くないわけ、ない。


「警戒するなとは言わない。でも、もし辛いことや嫌な事があったら言って欲しい。怒らないし、改善するから」

「……わかりました」


 男の子がやさしく微笑んでいる。


「怪我とか……してないみたいだね」

「え?」


 わたしの裸を見て安心したように笑う。

 彼に肌を見られるのがほんの少しだけ恥ずかしい。


「あの商人に痛い事とか、されなかった?」

「……それは、はい」

「そっか、それはよかった。……ちなみに、その前は?」

「その、前?」


 わたしが首を傾げると、ほんの少しだけ顔を赤くした男の子が真剣な顔に変わる。


「うちの国の兵士が君を捕まえた時の事だよ」

「……わたしは、そんなに。でも、みんなが……ルナが……」

「そうか、やっぱり……」


 みんなの事を思い出すと、涙が出てきそうになる。

 ルナは無事なのかな。


「さて、そろそろ上がろうか。ご飯の時にでも、君の故郷の話を聞かせてくれないか?」

「……故郷、ですか」


 もしかしたら。

 もしかしたら、わたしはものすごく幸運だったのかもしれない。

 想像よりもずっとマシな生活が待っているのかもしれない。

 そう考えても、いいのかな。

 今はまだ何もわからない。

 だけど、この人がわたしを知ろうとしてくれているのが、なんだか少しだけ嬉しかった。




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