第5話 リゼ④ わたしが誓った日のお話
「死ぬな!! 死なないでくれ……!!!」
フィルの必死な声が聞こえる。
返事をしたいけど、凄まじい激痛が全身を支配していてそれどころじゃない。
痛くて、苦しくて、今にも意識が飛んでしまいそう。
あの日、フィルの護衛として任命されてから、わたしは本当に幸せだった。
いつでもどこでもフィルと一緒に過ごすことが出来て、誰よりもフィルに信頼されているのを実感できていた。
いくつもの戦場でフィルの隣に立って、たくさんの兵士をなぎ倒してきた。
殆どは山賊とかだったし、わたしに勝てる敵なんて誰もいなかった。
今日はただ山賊の根拠地を偵察するだけの簡単な任務だった。
だから、すぐに終わってご褒美を貰えるってうきうきしてた。
……なのに。
多分わたしは調子に乗っていたんだと思う。
フィルがわたしを止める声ははっきりと聞こえていた。
それなのに、わたしは罠に嵌ってしまった。
“地雷”って言うらしいその罠は、わたしの右足を木端微塵に吹き飛ばした。
あふれ出る血は、止まる気配が無い。
……多分、わたしはここで死ぬんだと思う。
「……ごめん、なさい」
「いい、謝るな!!」
消えかかる意識の中、なんとか言葉を紡ぐ。
目を閉じたら、きっとわたしはもう……。
「……わたし、フィルに買われて、、」
「もういい、喋るな……! 大丈夫、急いで本陣に戻ればまだ間に合う」
右足を失ったわたしを抱えながら、フィルが走る。
幸いにも敵は追ってきてないみたい。
「……置いて行って」
「そんなことするわけないだろ!」
「……でも、わたしもう……やくに、たたない」
木端微塵になった足はどうやったって元に戻らない。
歩けない護衛に価値なんてない。
役立たずになって、いつか捨てられるくらいなら。
いっそ、このまま……。
「大丈夫、治せるよ」
「……そう、なんだ」
フィルの優しいウソ。
ほんと、フィルは優しいな。
いつもみんなのために……。
「な、だから頑張れ!」
「……フィル」
「ん? なんだ?」
「いままで、あり、がと……」
目の前がどんどん白くなる。
ああ、よかった。
お礼、言えた……。
―
――
―――
――――
「金貨…枚……払っ……からな」
「わか……る……鉱山の……書だ」
フィルの、声?
それと、もう一人男の人。
わたしは、どうなったんだろう?
「……フィル?」
「おお! 目が覚めたか! よかった!!」
わたしの横で立っているフィルが、嬉しそうに声を上げる。
もう一人、気難しそうなおじいさんも座ってわたしを見ている。
「……わたし、どうなって?」
「もう大丈夫、全部大丈夫だからな」
「……どういうこと?」
全然どういう状況なのかわからない。
ただ、多分助かったって事だけは間違いないみたい。
「私がいるからには、全ての傷はないも同然だ」
「……あなたが、治してくれたんですか?」
気難しそうなおじいさんが自信満々に言い放つ。
「それは正確ではない、これから治すんだ。命を繋いだのは君の主だよ」
「……治す?」
身体を起こして、右足を見る。
やっぱり、“無くなった“ままだ。
これをどうやって治すつもりなんだろう。
「私は合成魔術の専門家だ。君の右足に適合する足を生成・合成することで君は再び歩けるようになるんだ」
「……そんな、奇跡みたいな」
「私は教会の聖人よりもずっと多くの奇跡を起こせる男だ、奴らは認めないがね」
おじいさんの声が低くなる。
教会の事が嫌いなのかな。
「わたし、またフィルの役に立てる……?」
「ああ、ずっと一緒だ」
「……よかった、ほんとうによかった」
嬉しく涙が溢れて来る。
わたし、まだフィルの隣に立っていいんだ……!
「さて、処置をするから君は出ていてくれるかな?」
「あ、はい。リゼ、がんばって」
「……はいっ」
そう言って、フィルが部屋を出ていく。
二人きりになった途端、おじいさんがニヤリと笑う。
「君、リゼって言ったね」
「……はい」
「君は素晴らしい、身体能力に優れた平原の蛮族の中でも特に優秀だ」
「……」
平原の蛮族。
この国の人たちが私たちの故郷を指していう言葉。
ほんの少し、苛立ってしまう。
「君の主人が私の奇跡をいくらで買ったと思う?」
「……わかりません」
「金貨500枚だ」
「……え!?」
いくら伯爵でも、金貨500枚なんて簡単に用意できないこと位わたしだってわかる。
なんで、どうやって……?
「鉱山の利権を売ってまで用意したらしい。そんな大金を用意してもらえて、君は幸せだな」
「……そう、ですね」
わたしの不注意でこんな事になったのに、鉱山を……?
どうすれば、どうやって恩を返せばいいの……?
「恩を、返したいとは思わないかね?」
「……どういう、意味?」
「いやなに、私の合成魔術はまさに奇跡なんだ。それこそ、失われた足を復元するなんてちんけな結果だけじゃない、本当の奇跡さ」
「……奇跡」
何が言いたいんだろう。
おじいさんは興奮したように目が開いていく。
「例えば、魔人の手足を人間に合成する事だって出来る」
「……そんなこと」
魔人……。
人間の完全な上位種。
数千の軍勢でようやく追い払える、そんな強大な存在。
その手足を、合成……?
「出来る、君の身体なら間違いなく成功する」
「……本当に?」
「本当だ。……ただし、想像を絶する程の痛みと苦痛が伴うがね」
「……それをしたら、恩を」
「返せるさ、君は護衛なんだろう? なら、魔人の力を一部でも取り入れた人間が護衛にいればこれほど心強いものはいない。それこそ、鉱山を手放したって余りある利益だ」
恩を返せる。
今まで受けた、数えきれないほどの恩。
わたしを生かして、活かしてくれた。
心が死にかけていた時も、身体が死にかけていた時も、その両方でわたしを助けてくれたフィルに恩を返せるなら。
それなら、なんだって……。
痛みなんて、どうだっていい。
「……お願いします」
「ふふ、契約成立だ。ああ、追加料金は気にしなくていい。私からのサービスだ」
フィルのために何かが出来るなら。
それなら、わたしは。
わたしは、化け物にだってなってやる。
―――――
読んでいただきありがとうございます。
少しでも続きが読みたいと感じてくださったなら、ぜひブクマと★をよろしくお願いいたします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます