竜巻の原理
有笛亭
第1話
1 竜巻の原理
伯父がやって来る。そのことは、私にとって恐怖と憂鬱の種であった。
伯父は私より歳が二十ほど離れている。したがって大人と子供の関係であるが、私はこれまで伯父から何一つ喜びというものを与えられたことがなく、それどころか嫌な思い出しかなかった。
伯父は、現在、建築関係の社長であるが、そのもとになったのは、多額の借金であり、私の父母がその保証人になったおかげであった。しかも、その借金は私の父母が大半を返済し、伯父は、卑怯にも借金取りを恐れて一時期逃げた。
したがって、伯父は私の両親には頭が上がらない。しかし、私にはなぜか横柄で、家に来ては、ビールなどのアルコールを要求した。また、私を小一時間拘束しては、自分の自慢話や説教を垂れるのを常とした。
善良な私の両親は、何度もひどい目にあわされたにもかかわらず、この伯父に対してはひどく寛容だった。伯父は母の姉の子供で、母は唯一の甥だからと言って、特別扱いをしていた。
伯父が私の家に来る目的は、ほとんどが金の無心であったが、面の皮が厚い伯父は、前回の借金をちょっと返しては、またすぐに借りに来るということを繰り返していた。しかも不意に来るので、私は隠れようがなかった。
伯父は、私を見ると、まるで獲物を見つけたかのような笑みを浮かべ近づき、私に対して異様なほど熱弁をふるうのであるが、そういう時の伯父の顔は、湯気が立ち上るのではないかと思えるほど、赤く染まり、冬でも汗をかいていた。伯父は肥満体である。だから、さぞかし体温が高いのだろうと私は思っていた。
ところが最近になって、久しぶりにやって来た伯父のすぐ横を通って私は驚いたのだ。まるで冷蔵庫のドアを開けた時のような冷気がそこにあったからだ。
季節はまだ夏の始まりで、エアコンはかけていなかった。
これは気のせいだったのか、と私は再び伯父に近づいてみた。が、やはりひんやりとした。冷酷な伯父は、性格だけではなく、身体の方も冷たいのだろうか。
感覚ではなく実際に温度計を使って、そのことを確かめてみたいと考えた私は、小さな温度計を腰の後ろに隠して、伯父に近づいた。
伯父は、こいつ今日はやけに自分に接近するな、と怪訝な表情で私を見たが、私はテーブルの上にあるお菓子を勧めたりして、伯父の気をそらせ、そうして素早く伯父の後ろにまわり、温度計を見た。水銀がどんどん下がっていくのが分かり、五度ほど低くなって止まった。
間違いなく伯父の体から、冷気が流れているのだ。となると伯父の体は氷のように冷たいはずで、私はさらにそのことを確認するために、伯父の好物である缶ビールを持って来て、伯父に直接手渡した。恭しく両手で包むようにして。
瞬間、私はヒヤッとした。まるで氷を触ったかのような感覚だった。それは予想していたことなのでとりわけ驚きはしなかったが、ただ、伯父がなぜこんな冷たい人間になってしまったのかと、私は呆然となった。
この時、部屋の中で不思議な現象が起きていることに私は気がついた。それは空中に漂う微細なほこりで、それが天井の照明と窓からの日光を受けて、きらきら回転しながら、ゆっくりと天井に向かって上昇していたのだ。大変小さいが、もうこれはれっきとした竜巻であった。
なぜなら、竜巻は温暖な空気の層に冷気が入り込んで起こる現象で、この部屋は、まさにその状態になっていたからだ。
それにしても、この日の伯父は妙に青ざめていて、体調がすぐれないのか、いつもの熱弁が見られなかった。すぐにソフアーにもたれて眠りこけた。
間もなくして、テーブルの上にあった小さな紙切れが、ゆっくりと回転を始めたことで、私は急に怖くなり、すぐに部屋を出た。というのも、このちっぽけな竜巻が、どんどん大きくなって、やがて私を飲み込んでしまうような気がしたからだ。
数分経ち、私は伯父のことが気になって再び部屋に戻ったのだが、もうこの時には伯父の姿はどこにもなかった。この短い間に、伯父は無言で帰ったのだろうか。
おかしな日だなあ、と私は思わざるを得なかったのだが、しかし、その夜になって、私は母親から驚くべきことを聞かされた。
伯父はその日の午前中に亡くなった、と言うのだ。してみれば、あれは伯父の亡霊であったのか。言われてみれば、確かに伯父の眼は、異様に底光りをしていた。しかし、ではいったい伯父は何の用で私の家に来たのだろうか。
いまだに私は分からない。
了
竜巻の原理 有笛亭 @yuutekitei
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