第3話

 物語を書く、か――。

 一限目からずっと六明はそのことについて考えていた。

 書く理由はそれぞれだろう。商業や趣味といった行動理由まで考えたら切りがない程に。

 そんな数々の理由が思いつかないでいた。

 一つ「部活に入ったから」というのを思いついたが、それはまわりからの影響で自身が書く理由ではないと無しにした。

 私が書く――。

 無駄にシャーペンの芯をだしてはひっこめる。おかげでノートの端は黒い点だらけになった。

 結局考えが纏まらずに時間はどんどん過ぎていき昼休みへ。

「六明、大丈夫?」

 呼ばれ、後ろを振り返った。

 弁当を持った葵が椅子の背もたれに両肘を乗せ、覗くようにこちらをみている。

「あ、もう昼か」

「本当に大丈夫?」

「大丈夫」と椅子ではなく机を前に押し立ち上がると軽く伸びをする。

 机を元に戻し肩掛け鞄を手に教室からでようとしたところ葵に呼び止められた。

「ねえ。お昼、どう?」

 特に話もなく校舎内から中庭へ葵と共に向かう。

 きっと端から葵は昼食を共に取る予定だったのだろう。それに気づかないというか感づけないほどに頭の中は、なぜ書くのか?ということで埋まっていた。

 頭の中からそのことを追い出すように一息つくと、葵が申し訳なさそうな顔をみせながら口を開いた。

「あー、と。ゴメンね?」

「え?」

「そのさ、部活のことで悩んでるんでしょ?」

 うん、まあ。と鞄を肩にかけ直し葵に書く理由がみつからないことを話した。

「書く理由か――」

 葵が目線を上げる。

 考え込んでいる葵に「こっち」と指を差す。

 上履きで中庭に出れる場所があり、隅に積み重なられた木の椅子を手に木陰に向かう。

「へえ、こんなところがあるんだ」

 葵はそういうと革の手帳を取り出しなにやら書き込みはじめた。

 場所でもメモしているのかと六明は思ったが違うらしい。

「いやね、ネタになるかなって」

 片手で閉じた革の手帳には話の種が書きこんでいるらしい。

「例えば、ある一国の王女が外の出入りを禁じられてるとするじゃん?ただ、王女は庭へ続く秘密の道を知っていてそこから外へでるの。んであるとき――」

 葵がこちらに剣――だろうか、向ける動作をする。

「姫、いけません。お戻りください」

 不器用に葵がウィンクをしてみせる。どうやら姫をやれ、ということらしい。

「――いいじゃない。たまにはこの何処までも続く空をみないとあの大臣たちのようになってしまう、わ」

「はぁ。仕方がない姫だ。わかりました、ただしわたしも付き従います」

 葵が剣を納める動作をして手を差し伸ばす。

「ご勝手に」

 その手をとらずにそっぽを向いて六明はそう答えた。

 茶番を終え視線を戻すと、ぱっ、と明るい表情で葵がこちらをみつめている。

「いい――」

「へ?」

 甲高い声が出た。

「今のすごくよかった。勝気、とは違う。こう、自分の信念?みたいなものが態度にでている姫、うんすごくいい!」

 ヤバイ。と葵が革の手帳へ書き殴った。

 幾分か落ち着きを取り戻した葵を隣に弁当箱を開ける。

「あはは、ごめんね」

「謝ることなんてなにも。それより本当に書くのが好きなんだね」

「うん」と一言いって少し間を置くと、再び口を開いた「好きだよ」

 木漏れ日がスポットライトのように葵を照らした。

「こんな物語が読みたい。でも誰も書いてない、なら書くしかない」

「それが葵の書く理由?」

「そうだね。ただ、書いててわかるんだけど展開はダレるわ、登場人物は無駄に多いわ、誰も書かない理由がはっきりわかるんだよね」

 葵が自虐的に笑ってみせた。

 こういう物語が読みたい。その気持ちはよくわかる。

 だから当てはまる本と巡り合えた時は心躍るものがあるのだが、葵のように自分で書くという発想にはならなかった。

 もしかしたら自分は――。

「ねえ。書く理由を考えるのは一旦やめて、書いてみない?」

「小説を?」

「うん。いや、マジでさっきのがよかったから六明の世界みたいなって」

「私の、世界」

 弁当箱を片付け代わりに膝上に置いた小説をそっと撫でた。

「――私ね、物語はずっと読むものだと思ってたみたいなんだ。だから書く理由だとか普段論理的なことなんて、これっぽちも考えないクセに考え込んで」

 小説をパラパラとめくる。

「やっぱり俺は走るのが好きみたいだ。ただただ、走っていたい」

 手にした小説の一文を読み上げ、本を閉じると葉の陰から陽を覗くように顔を上げた。

「好き。その気持ちが物語を作るんだ」

 少々こっぱずかしくなりながら葵の方を向く。

「うん、とりあえず書いてみるよ。理由は後からでも思いつくだろうし」

「本当に?」と葵が弾けるように喜んだ。

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