第2話

 家に帰ってから早苗はどうしたらいいか、落ち込んだ。

 練習するにも曲がない。

 指導してくれる先生もいない。


 それでどうやって出来なかった事を出来るようになるというのだ。

「眠れる森の美女」のCDを買おうかとも思った。でも早苗はアルバイトをしていなかったのでお金がない。母に相談するにも、レッスンで一人だけ音がとれなくて失敗した事が恥ずかしくて言い出せなかった。

「どうしよう……」

 半分泣きながら浅い眠りについた。三十分ほどで目がさめた。

 割と頭がすっきりしていて、さっきまでの絶望感が少し薄れている。

 一人で解決できなければ、誰かに相談するしかない。

 早苗は意を決して、バレエスクールの舞子にメールを打った。

 今日のレッスンの事で直接話すのは少し気遅れしたからだ。


「歌うカナリアの精」

 それが舞子の踊りの役であり、曲だった。

「眠れる森の美女」の序章、序盤は、主人公のオーロラ姫はまだ生まれたばかりの赤子である。

 生まれたばかりのオーロラ姫のために、祝福を与える妖精たちの踊り、それが舞子や早苗が踊るソロのヴァリエーションだ。


 舞子は曲を聞いた時にそれがもう分かっていた。

 なぜなら舞子はバレエを始めた時に、知識として三大バレエくらいは見ておきたくて、DVDを買ったからだ。

 三大バレエとは

「白鳥の湖」

「くるみ割り人形」

 そして

「眠れる森の美女」

 である。

 だから、自分が「リラの精」でない事に、早苗が「リラの精」を踊る事に少し嫉妬した。

「リラの精」は「眠れる森の美女」でオーロラ姫に次ぐ重要な役だった。

 善の妖精「リラの精」は悪の妖精「カラボス」がオーロラ姫にかけた死の呪いを「眠る」事におきかえ、オーロラ姫を救う王子を呼んでくる。


 そういう役回りだった。

 しかし、発表会では踊りだけをピックアップして、観せる。役はあまり関係ないが、やはりリラの精は格が上だ。舞子はふっと溜息をつく。長くバレエスクールに通っている早苗が自分よりも良い役をやるのは当たり前だ。

 頭ではわかってる。


 そして舞子はシュスとピルエットの八回連続技をできない。

 でも踊りが終わった時に拍手されるのが、早苗のこの大技に対してだと思うと、悔しいのだ。

 感情がついていかなかった。

 しかし早苗がこの八回連続技をできないと、自分たちも一緒に踊るコーダはとても見劣りしてしまう気がした。

 その時、携帯電話が鳴った。

 早苗からのメールだった。


「舞子へ 舞子は「眠れる森の美女」のCDって持ってる? 持ってたら貸してほしいの」


 舞子はそれを見て複雑な気持ちになった。

 早苗の事は嫌いじゃない。いい友達だ。

 でも。

 自分の方がバレエを愛する気持ちが強いのに。

 技術ではとても早苗に勝てない。

 舞子はDVDを買ったのに、早苗はCDすらもっていない。


 舞子は暫くそのメールを見ていた。

 どう返信するか、とても悩んだ。

 そして返信した。  


「図書館にあると思う。ついでにDVDもあるかも。図書館のHPで検索すればきっとあるよ」


 そう打った。

 自分はなんて意地が悪いんだろう。

 後味の悪さにもう一度大きくため息をついた。

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