第7話 夫の秘密を知ってしまった妻 ④

 ごめんよ…本当にごめんよ。キミをそんな風にしてしまうなんて…


 ずっと、ずっと妻を大切にすると…、俺がやったことは―――――


 *


 ビクビクしててもしょうがない。男は愛嬌だ。

心の中では、恐くなんてなーいさ♪ お化けなんてウソさ♪ と大合唱している。

 

 それでも愛する妻の顔を思い浮かべ、我が家へと帰った。玄関を開け、ただいま~と声を掛ければ、おかえりなさ~い、と朗らかな声で返事をして出迎えてくれる。なんだ…やっぱり気のせいじゃないか。俺の考えなんて杞憂に過ぎなかった。


 後輩君との飲み会は楽しかったですか? と他愛のない会話も俺にとっては癒しのひとときとなる。楽しかったよ~あいつ元気でさ~と言いながら、妻を抱きしめてほっぺにチューしようと…身体が硬直して止まった。

 妻は俺の挙動を見て、首を傾げながら、どうかされましたか? と顔を近づけてくる。


 信じてなんかいない。


 俺は香水の効果なんて信じていないが、手も洗っていないし、うがいもしてないしと自分自身に言い訳をして、ん? なんでもないよと妻の接近をさり気なく躱す。

妻は怪訝な顔をしたが、しばらくすると笑顔で、お夕飯食べれますか? それともお風呂ですか? と気遣ってくれた。


 妻の思いやりがヒシヒシと伝わってきて、幸せを感じるのに…以前のDVDで致そうとした時よりも背徳感が凄まじい。

 その日は直ぐに一人で風呂に入り、ゴシゴシと丹念に身体を洗った。


 それから数日間、俺は家の中での妻との距離を、考慮して過ごすこととなる。


 毎日のように、習慣化していた妻との触れ合いは、涙を呑んで我慢した。顔を合わさないなんてことをしたら、妻成分が足りなくて俺は死んでしまうので、妻を見れる範囲内で過ごす。夜の営みに関しては、最低限の触れ合いということで、解禁としたが…。ん~わからん。いつものHな妻だった。


 数日経っただろうか、やはり俺の思い過ごしで問題ないと判断しようとしたら…思わぬミスをしてしまった。あの香水を頭から被ってしまったのだ。何してんだお前は…と思うかもしれないが、俺もそう思う。でも聞いて欲しい。


 散歩して近くの公園で香水をいじっていたところ、中身を見ても何も分からないとは思うが、なんとなく色だったり液状が気になったりしないか? 俺はした。そしてキャップを外し覗き込んだ馬鹿は、俺だった。その時に近くで遊んでいた子供のボールが、俺に当たり…バシャ! 


 公園に咲くスミレを見ながら、ものだ、だからこそ、だと…そう俺は思った。他意はない…ないよ。


 まぁ被ったところでこの数日、妻もそんなにおかしい様子を見せることもなかったし、やはり俺の気にし過ぎだったんだと楽観視していた。だが起こるはずのない、あり得ない事態が、誰が見ても明らかな三度目が…とうとう起きてしまったのだ。


 …家に帰ると姿が、俺を出迎えてくれていたのだから。

 

 *


 おいおいおいおい、今日が俺の命日か? 妻と一緒に…きんさん・ぎんさん双子姉妹に負けいないくらい長生きする、おしどり夫婦を目指しているのに。それに妻を置いて、先に逝くわけにはいかない。妻にある日、一日でも私より長生きして、と笑顔で言われてしまったからな。


 何かの作品の名ゼリフらしいが、読んだことはない。申し訳ない。

 おっと、回想が長すぎた。


 俺の思考はトンでいたが、視線だけはイカした姿にくぎ付けだったようで、妻は恥ずかしそうに身をよじっている。ん~ブリリアント。これほど玄関と合わない衣装にも関わらず、喝采を浴びせたくなるのは俺だけだろうか。昔から着慣れていた普段着のように馴染んでいて…そうかバニー服は妻のために生まれたんだと理解してしまった。ありがとうアメリカ。


 だけど気分が乗らないと着てくれない№1の衣装を…妻がなぜ…。ピキーン!

 あぁ…そうか。俺が間違っていた。


 初めから疑ってかかって、決めつけて、あるわけないと…情けない。

ここまでの根拠を示されて、香水に誘惑する力なんてない、なんて言えるわけないじゃないか。それどころか、…獣まで虜にしてしまう。


 それに、よく見て見ろ。妻の潤んだ瞳、高揚し火照った顔。そして俺を見る視線は情欲の色で濡れそぼっている。玄関は室内とはいえ肌寒いはずなのに、恥ずかしいだけでは、ああはならないだろう。


 

 

 すぐにでも妻を押し倒したい衝動に駆られるが、必死に抑え込む。

 違う! 今の妻は、正常ではない。俺が、俺が馬鹿なせいで…。


 静かにジャケットを脱ぎ、寒いからねと妻に羽織らせる。大丈夫、俺は冷静だ。どんな妻であろうと受け入れる度量はあるつもりだが、妻の意思が内包していない姿に、惑わされるほど落ちぶれてはいない。妻のバニー姿は821日ぶりなのに…。


 心で血の涙を流しつつ、妻と夕御飯の席へとつくことにした。そこでも―――


 バニー姿の妻のまま、

「あなた♡ あ~ん、してあげますね♡」


  ! 

 86センチNA(natural a chest)のマイエンジェルが!

 ミラクル(いいんだよ!)、の俺の妻が!!

 我が家の食卓で、進撃を始めているーーっ!!!

 

 頭の中で軽快なユーロビートが流れているが、燃える展開どころか、あの香水…ここまで妻のポテンシャルを引き出すのか、と驚きを禁じえない。内頬を噛み、痛みで冷静さを取り戻す。はにかむように、風邪がうつってしまうからと妻を押しとどめ、俺は自分の箸で黙々と食事をした。


 さらに妻の追撃は止まらない―――


 食後、猫舌な俺のためにぬるめに出してくれたお茶を飲んでいると、テーブルの向かいに座っている妻が「いっしょにお風呂はどうでしょうか♡」と身を乗り出して迫ってきた。

 薄紅色をした、胸部の圧が凄い。目を逸らせないほどの魔力が宿り過ぎている。

 封印!封印ですよ!…やっぱ封印なしで!


 俺は仰け反りながら、今日は特に寒かったからキミにしっかり温まって欲しい、と妻を思いやるそぶりで、遺憾千万…神は死んだと絶好の機会を失ったことに、空を仰いだ…ここリビングだけど。


もうちょいつづく

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