第8話 夫の秘密を知ってしまった妻 ⑤

 香水の効果にを…違った、恐怖を感じた俺は、頭のてっぺんから、つま先まで…徹底的に身体を洗った。3度ほど。自分の匂いは分からないが、石鹸の香りはする。これで取れただろうか…、上書きできないかとヘアトニックもつける。

 

 でもこれ、フケ、かゆみを抑える抗炎症作用だから…あまり意味はない。


 ドキドキしながら寝室へと向かうと、先にお風呂に入り温まったであろう妻は、予想していた通りのバニーのまま、ベットで俺を待っていた。


 それも…バニーに似合う人魚座りで! しかも、網タイツだと…。

 そこまで…、そこまでいくの!?

(タイツとストッキングは似てるようで違うと、後輩に力説されたなぁ) 


 過去に網タイツではないが、間違えて妻のストッキングを、そのまま洗濯機で回して伝線させてしまい、怒られてしまったことがある。デリケートなものだから、洗濯ネットに入れて別個で丁寧に洗うのよって…。ちょっと拗ねた感じが可愛かった。その時に、ストッキング系は優しく触れてねって。

 

 この瞬間に穿ということは、破いてしまう可能性もあるわけで―――


 もう、あの香水ダースで買おうぜ! 定期購入決定だ! 

 、悪魔の叫びが木霊する。

 

 今の妻の気持ちは、俺には分からない。

 

 孕んでも構わない。不退転の覚悟で臨んでいるように見えるが、そんな俺にとって都合のいいことは、あり得ない! 己惚うぬぼれていた自分が恥ずかしい。

 

 現実に魅了する薬が存在するとは思わなかったが、今はそれどころではない。

 夫婦の危機だ! 強い意志を持つんだ! 

 俺が妻を守るんだ! 

 、身体の一部は激しく反応しているけれど…。

 

 心を鬼にして、妻との隠していない大事な逢引を傷つけないように断り、リビングへと逃げるのだった。


 *


 その日から一週間。


 我が家はてんやわんやの大騒ぎ。盆と正月がいっぺんに来たうえに、更には結婚記念日と誕生日、ついでにバレンタインとクリスマスまで付けちゃう、大盤振る舞いな毎日だった。言い過ぎだと思うだろ…マジだぞ。


 なんど膝をついただろう。諦めかけただろう。

 もう、この誘惑に負けても、良いんじゃないかと。


 そんな俺の心の弱さにつけ込むように、妻の…いや、サキュバスの猛攻は勢いを増していった。それでも、それでも俺は、妻を愛していると、心に盾を作り対抗していた。


 だが、もう限界だ。隠れてひっそりと処理していたが、次の妻の一撃で、俺の心のアイアスの盾は貫かれてしまうだろう。


 そして


 とうとう目の前の、愛する妻の姿をしたサキュバスに、屈した。

 俺のアイアスの盾。一番強固な最後の一枚。そんなもの、ものの見事に突破された。

 セーターを逆向きに着るのは、逆バニーと同じくらいのハードルの高さで、夢でしか見れないと…現実では不可能だと思っていたのに。


 くっ殺せ! …あ、殺すのナシで!


 *


 まぁ永遠に発情しっぱなしなわけないので、思う存分やることやって、お互い賢者タイムに入れたところで、俺は妻に土下座をして謝り、正気に戻ってくれとお願いしていた。


「え? かかってないんですか?」

「当たり前です! あと敬語止めて」


 俺が、きょとんとした顔で確認すると、妻は顔を真っ赤にして怒っていた。

 ん、かわい…と見ていると、「私はなんて真似を…」と震えながらブツブツと呟いている。

 妻は、はぁーっとため息をつくと、切り替えが出来たのか、今度はなんで俺が悩んでいたのかを聞いてきた。


「あなたの思い通りになったじゃないですか。モテモテで良かったですね~」


 嫉妬してくれてる妻もプリチーだ。でも、違うんだ。


「違うよ、本気で薬に効果があるとは思わなかったよ…。俺も子供じゃない。

でも、かつては何も知らない無垢な子供だったんだ。そんな小さい頃の俺の心の中では、雑誌で見た広告欄で大金持ちになれるネックレスや、フェロモン香水への憧れと、そんなものは虚構だって自戒する心が、争い続けていたんだ」


 妻は黙って、俺の話を聞いてくれる。


「俺は小さい頃から、遠い宇宙に思いを馳せて、上を見上げて生きてきたんだよ」(翻訳:小っちゃい頃からフェロモン香水が欲しくて、たまらなかったんだ!)

「………」

「この空の向こうには、宇宙の果てには、何があるんだろうと…。時にはリスクを背負ってでも、冒険するべきだと思ったこともあるけど、子供じゃ手も伸ばせない。冒険へと準備するためのお金すらない」(翻訳:香水使ったらどうなるんだろう? お小遣い前借りして買えるかな…でも全然足りないや。どれくらい貯めればいいんだろう)


 妻の俺を見る眼差しは暖かい。


「俺は、ようやく冒険にでれる年齢になった。だけど皮肉なことに、大人になるための長い時間が、憧れ続けた冒険なんてないんだと教えてくれた」(翻訳:大人になって、やっとフェロモン香水が買えるようになったぜ! でも現実にそんなものあるわけないしな…)

「………」

「それでも、大人になった俺の想いは、少年の頃の夢を…冒険への一歩を踏み出したいという悲願のみ」(翻訳:あるわけないよな…そんなモテまくるなんて上手い話。でも子供のころにできなかったしな…試してみて笑い話にでも…)


 ふたりの間に沈黙が流れる。


「だったら、だったら、踏み出すしかないだろう! でもその結果がこれさ。冒険には、危険がつきもの。生半可な覚悟で踏み出すものでは…なかったんだ」(翻訳:そのまま)

「………」

「俺は、図らずも香水の力を借りて、この世で一番愛している妻の心を弄んだ、外道に堕ち果ててしまった」


 妻は俺の話を聞いた後、静かに聞いてきた。


「つまり、よくわからないけど、あなたはその香水を使ったのに、私が被害者になるのを憂いていたわけですか?」

「滑稽だろ…笑ってくれて、いいんだ」


 それじゃあ…と言って妻は、ニコっと笑顔を見せてくれる。


「人が真剣に悩んでたのに、不謹慎だろ!」

「あなたが、笑っていいっておっしゃったから、笑ったんですー!」

 ワー!ワー!ギャー!ギャー!―———


 そんなこんなで、フェロモン香水事件は幕を下ろした。


 香水でモテたいなんて本当に思ってなくて、と、励ますのもおかしいし、香りで俺にもっと夢中になってくれれば。

 どうしようかなと思ってたところに、渡りに船だったから、つい乗ってしまっただけ。直ぐにネタばらしして、妻が笑ってくれればと…。

 

偶然が重なったとはいえ、んだなぁ。



 馬鹿な俺と、妻の勘違いの末、とんでもない事態に陥ったけれど、互いに話し合い、分かりあう努力をしていこうと、大事な教訓になってくれたと思う。



 後日談ではないが、電車で会った女子高生と駅でまた会うことができた。その時に、あの日は体調が悪くて、熱もあったので助けられちゃいました。本当にありがとうございましたと、お礼を言われてしまった。

 道で俺の足に纏わりついていた猫も、人懐っこい猫だったようで、別の誰かの足にも纏わりついていたのを見かけた。


 後輩も、香水のことを彼女に話したらしく、大笑いされたそうだ。


 タネがわかれば、そんなもんさね。

 


 *



 夫の様子がおかしいと思っていたのは、私の杞憂だった。

夫が変わり者なのは知っていたはずなのに、まだまだ夫の未知な部分が知れるのは嬉しいものね。ほんと、お馬鹿さんなんだから。まさか香水一つで、すったもんだするなんて思いもよらなかったけど。


 いつもの慎重な夫なら、きっとを使ったりしないだろう。後輩思いだし、何とかしてあげたい気持ちと、もしかしたら使。考えすぎかな。いけない、いけない。


 でも、もっともっと夫と分かりあう楽しみも増えた。

 夫は、見当違いとはいえ色々なことをしれくれた私に、お返しがしたいから言ってくれと。なにをお願いするかを考えている時間すらも、いとおしい。


 私の幸せな日々は続いていく。愛する夫とともに…。


つづけ。

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妻の秘密を…知ってしまった Nyamu @Nyamu2023

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