第6話 夫の秘密を知ってしまった妻 ③
後輩と別れた後、即断即行をモットーとする自分としては、さっさと検証して後輩を安心させてやろうと、借りた香水を少量だが試してみた。ん…特にドギツい臭いがしたり、人を不快にさせるような感じはしなかったので、少しだけ安心した。
まぁ、この程度なら大丈夫だろう。
軽くひと吹きしただけだが、微かにシトラス系の香りがするくらいで、今のところ問題はない。全く信じていなかった自分としては、帰りの電車に乗れなくなる方が困ると思ったくらいだ。
この時の俺は、完全に香水を疑っており、すぐにでも後輩に良い報告ができそうだと、舐めてかかっていた。
一度目―——
夕方にもなると、帰りの電車内が大変混雑するのは知っての通りだが、今日はいつもと違っていた。電車に乗り込みドアの脇に立って外を眺めていると、帰宅時だったんだろう、一人の女子高生が電車の揺れに体勢を崩して、俺に倒れ掛かってくる。
マズいことに、身長差でその子の顔面が俺の肩に当たってしまう、と正面から受け止め腕の中にすっぽり。抱きしめたりなんかしてない。俺の両腕は、妻を抱きしめるためにあるのだから。
その女の子は、スミマセンと謝って直ぐに離れようとしたけれど、この混雑だ…そう簡単にはいかなかった。それどころか、電車の揺れが続いたことで、女の子は後ろの乗客と俺との間で潰されそうになってしまう。この子が大怪我をするかもしれないと、立ち位置を変えて俺がその子を守るように壁となった。
一人分のスペースを作ることはできた。
それでも密着してることに変わりはなく、内心では痴漢扱いされたら妻を泣かせてしまう『それでもボクはやってない』と主張すれば切り抜けられるだろうか…と焦っていたけれど。そんな心配を余所に、駅に着くまでその子は潤んだ目で顔を赤くしながら、俺を見上げていた。
奇遇なこともあるものだ、最寄り駅が一緒だったようで、その子と俺は共に電車から降りることとなった。ホームに降りてから、本当にありがとうございましたと何度もお礼を言われたが、大したことではないよ、気をつけてねと声をかける。
別れ際にその子が、お兄さんカッコ良かったですと言ってくれたのが印象的だったが、俺は嬉しさ半分…まさかね、と。
自分を卑下する気はないが、俺はイケメンではない。容姿は普通だ。仕事柄、清潔感を重視するため、髪はツーブロックで刈り上げてサッパリ。体形は筋肉質だが、高身長でもないので、目立ちもしない。少し壁になったところで、カッコよくは…ないな。だから、香水の効果が多少は…、なんて思ったが馬鹿馬鹿しいと一笑に付した。
そして二度目―——
人助けしたんだから、素直に喜んで自分を褒めておこうと納得した俺は、さぁ早く帰って妻の顔を見なければと、戻り足を速める。
話題が飛んでしまうが、帰宅する時に同じ道を使うのは、それが一番早く帰れる道だからという理由以外にも、自分にとって付加価値がある場合だったりしないだろうか。
俺の場合は、妻に少しでも早く会いたいからが一番。
そして付加価値としての場合、猫が多い道だからだったりする。
俺は猫が好きだ。妻の次にな! だけど、猫には嫌われている…悲しい。マタタビや猫の玩具などで、関心を集めようとしたが、上手くはいかなかった。姑息な手を使って
自分はそういう体質なんだろうと諦めて幾星霜…それでも未練がましく猫を見かけたら立ち止まってしまう。
今日もまた、猫がいる。うん、いいな。目だけで追って、癒されたから帰ろうとすると…その猫は俺に近づいてきた。
…マジ!? 今日が猫童貞を捨てる日なん!? いや、ぬか喜びして、途中でぴょん! して脇道行くんだろ? 分かってるって―――
にゃ~ぅ~、にゃ~う~と誘惑するように、猫は俺の足に纏わりついていた。
諦めないで…よかったぁ。どこまーでも♪どこまーでも♪果てしない空....頭の中で東京IT会計法律学園のCM曲が流れる。最近聞かないけど。
俺は歓喜に震えた。
が! ピキーン! と先ほどの女子高生を思い出す。…ウソだろ。
偶然が二つまでなら偶然で片づけられるが、もし三つ重なれば…。まさか、そんなことあるわけが…。身体が震えるのは、真冬のせいだ。そこ知れぬ恐怖を感じて、俺は後ろ髪を引かれながらも、その場を立ち去った。
三度目…なんてあるわけ―――
頭の中で警鐘が鳴り響いている。
このまま家に帰っていいのだろうか…と。当たり前だろ、何の確認だよ。まさか本気で香水の効果があるとでも思ってんのか? それこそ馬鹿だろ。今の現代において、人を操れる程の効果のある薬品なんて、自白剤でも無理だわ。麻酔だしなあれ。
でも、もしも本物だったなら。
俺は妻を怪しげな薬で
妻が許しても、俺が許さん!(そうじゃない!)人の心を弄ぶことは、何人たりとも許すことは出来ん! つまり俺自身も許さん!
まだつづく
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