第八章 二度死ぬ彼女と湯けむり彼女
#16
ダークスライムを探し、宿のあった階層から三層ほど地下に降りた三人は、闇に紛れ蠢く黒い肉塊を見つけた。
するとメリランダが二人に申し訳なさそうにポツリと呟く。
「あの、すみません。聖魔法しか取り柄の無い私が攻撃すると、浄化してしまって素材が採取出来なくなってしまいます。なのでここはお二人だけが頼りです」
シホは武器を構えながら返事をする。
「元はと言えば私達のためなんだから気にしないでよ」
エルテも続けて剣を抜く。
「いかにも闇属性って感じの奴。なのにメリランダ残念。私のスキルもシホ頼り」
手に持ったバケツをカランと揺らすとメリランダは苦笑いを浮かべる。
「う、エルテさんは私の痛いとこ突いてきますね。私はバケツ係に徹しますよ・・・・」
二人からメリランダが一歩引くと戦闘が始まった。
エルテは片手を突き出すと魔法を発動させる。ダークスライムの周りに氷塊が生成され、それが圧し潰すようにしてダークスライムを凍結させた。
その場から飛び掛かったシホは、体の捻りを剣に伝え、素早く鋭い一閃でそれを叩き切る。バラバラに砕け散るとダークスライムは活動を停止した。
二人は残りの数体も息の合ったコンビネーションで倒し終えると、シホはエルテの活躍を称えようと顔を見た。
「エルテ鼻血出てる。大丈夫?怪我してない!?」
「うん。シホも目から血が」
「え、嘘?」
それを聞いたメリランダが駆け寄る。
「お姉様の言っていた通り、腐敗が早く進んでいますね。通常のアンデッドよりスキルなどの負荷が大きかったせいでしょうか。早く素材を拾って宿まで戻りましょう」
帰路を急ぎ宿に着くと、リズがハーブなどを大きな鍋で煮込んでいた。
「あら、お帰り。思ったより早かったわね。メリランダ、取ってきた物はこっちの容器に入れておいて」
「はい。お姉様の言った通りお二人の腐敗が進行したようです」
「やっぱりね。後は調合するだけだから、すぐ処置に移れるわ」
リズは鍋で煮だしていたものを、ダークスライムの肉片が入った容器に注ぎ入れる。メリランダにそれを良く混ぜておくよう指示すると、収納庫から点滴の器具の様な物を二台運んできた。
それらを見たシホは不安そうな顔でリズに、
「それって点滴ですよね?まさかスライムを体に入れようとしてます?」
「そうよ。禍々しい魔力なんかはこれから中和するから大丈夫。メリランダが美少女専門の死体性愛者で良かったわね」
不思議そうにシホ達が見守る中、リズはメリランダに小さなナイフを手渡す。
「お姉様?これでどうしろと?」
「仕上げに処女の生血が必要なのよ。少しで良いから」
「ああ、それであんな質問を・・・・」
メリランダが指先をナイフで傷つけると、そこから滴る鮮血を容器の中へと落とす。すると、どす黒い内容物が生々しい赤い液体へと変わっていく。
それをリズは何かの動物の内臓で作られた点滴袋に詰めると、シホ達を部屋へと連れて行った。
「さぁ、シホちゃんとエルテちゃんはベッドで横になって頂戴。これは単なる防腐処理と違って傷んだ組織の置き換えも出来るから、暫くはその綺麗な体が持つと思うわ」
横になるエルテは自分達を見守るメリランダの姿を見て心配する。
「メリランダの血が入ってたけど、変態って移らない?大丈夫?」
「私の性癖を変な病気かのように言わないでください。高潔なる私の血ですよ!?」
「だって、メリランダの一部が入ると思うと・・・・」
「私の一部・・・・。ふふ、シホさんも私の一部を受け入れると思うとゾクゾクしますね。世の殿方はこんな気持ちなんでしょうか?」
◆どこに発想を飛ばしてるんだ、この娘は・・・・。私は確信した。メリランダは自身で言っていたように変態ではない。中身はただのスケベオヤジだ。
リズは二人に処置を進めている。
「妹にナニされたか知らないけど、心配いらないわ。メリランダ、後は私がやっておくから隣の部屋で休んでなさい。ここまで来て疲れてるでしょ?」
「そうですね、中々のペースで進んできましたから。シホさん達の寝姿を見届けたいのはやまやまですが、私は先に睡眠を取らせていただきます」
「後で食事が出来たら声掛けるわ。それまでおやすみ」
「ではお二人をよろしくお願いします。おやすみなさい、お姉様にシホさん、エルテさん」
メリランダが部屋から出て行くと二人の体に調合した液体が巡り始める。リズはそれを確認すると二人に話しかける。
「それにしてもお友達が本当に死体だなんて、あの子も筋金入りだわ。でも楽しそうにしてて良かった」
シホは微笑むリズに尋ねる。
「リズさんは死体と言うか、魔物になった私達に何も聞かず、何でそんなに良くしてくれるんですか?」
「ふふ、あの子の口からお友達を連れてきたなんて初めて聞いたからよ。あの子が誰かを友達と呼ぶなんて、素敵な存在に間違いないもの。大事な妹が大切にしているものは守ってあげたいのよ」
「メリランダのこと大好きなんですね。墓守の一族だから友達が出来なかったって聞きました」
「そうね。でもあの子は墓守の一族なんかに成らなくて済んだかもしれないの」
「どういう事ですか?」
「まだ聞いてないかしら?あの子、ここの埋葬区域に捨てられてた赤ん坊だったの。だから血は繋がってないの」
「そうだったんですか」
「あの子を見つけて連れ帰ったのが私なの。幼かった私が妹にしたいなんてわがままを言ってしまったばっかりに、メリランダには不憫な思いをさせてしまったわ」
「でもメリランダは家族のこと大好きみたいですよ。家族のために大カタコンベの謎を解き明かしたいって」
「あの子そんな事思ってたんだ。健気なのよね。まあ、そういうところが愛おしいんだけど」
「ちょっと変わってますけど、確かに頑張り屋さんです」
「あまり人付き合いが無かったから、あの子は自分に自信が持てないでいるようだけど。あの子の聖魔法は一族一。それどころか聖職者が何年かけても習得できない様な聖魔法も操っているわ。私より凄い才能を持っているはずなんだけど、自覚が無いみたいね」
リズは二人から点滴の針を抜くと顔色を見る。
「うん、良さそうね。血色も良くなったし、血液や体液の流出も止まったみたい。でもせっかくの可愛い顔が血だらけで台無しよ?お風呂入ってきたら?うちは大きいお風呂も自慢なの」
◆私達はリズさんの案内でダンジョンの中とは思えない、立派な造りの風呂の前に連れてこられた。
ここでは貴重な湧き水があるのを見て宿も思いついたらしい。リズさんの商魂の逞しさやら自由さには驚かされるばかりだ。
「服も洗っておいてあげるから、さっさと脱いじゃいなさい。乾くまでこれ着といて。じゃ、ごゆっくり」
◆リズさんにそう言われるがまま服に手をかけた。ちょっと待て、エルテとお風呂だなんて・・・・!
私の事情を知らないリズさんに変に気を遣わせるのも悪いと思って、入浴の準備をごく自然と進めてしまったけど、今確かに私の隣には裸のエルテがいる・・・・。
拝啓、父上母上。私、シホは今この世の天国にいます。リズさんという方に、返しきれない御恩をいただきました。
はっ!いけない!!ここはエルテに私の自制心と安全性を示さねば!!
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