#17

 水音と桶のカランという音だけが響く中、エルテが話し出す。

 「やっぱり女の子に興奮する?シホは何か我慢してるとき黙るから分かりやすい」

 「んぐ!わ、私は誰でも見境なくって訳じゃないからね!?仕方ないじゃない、エルテとお風呂に入るなんて思ってもなかったし」

 「メリランダと違って欲望のまま動かないのは分かった」

 「あ、ありがと」

 「背中流してあげる。友達ならこれくらいするんでしょ?」

 「だと思う。私も友達とお風呂なんて初めてだから。村に居た頃は水浴びで済ませる事が多かったし」

 「確かに。こんなに大きいお風呂なかなか無い」


 体を洗い終えた二人が湯船に入ろうとした時、離れた所から聞き慣れた声が響いてくる。

 「お姉様!何故私に知らせてくれないのです!」

 ドタドタと足音が近づいてくると風呂場の戸が勢いよく開く。メリランダは服を脱ぎ捨て一目散に二人目掛けて飛び込んでくる。

 「うほぉぉぉ!これは素晴らしい光景ですぅ!」

 二人はそれをサラリと避けると、湯船に大きな水柱が上がった。湯船に浮かんでくるメリランダのお尻を二人は呆れ顔で見下ろしている。

 「ぶくぶくぶく(酷いです)。ぶくぶくぶくっ(避けるなんて)」


 手は見える場所にとの条件付きで、二人に挟まれ入浴時間を過ごすご満悦なメリランダ。

 「もしやエルテさんとの秘め事の邪魔してしまいましたか?シホさん」

 「隙あらば友達にも手を出すメリランダとは違うって」

 「人聞きが悪いですね。いいではありませんか、女の子同士減るものではありませんし」

 「そういう事は大事に取っておきたいの!」

 「それも結構ですが、私の様に楽しんでおけばいいのです。次の機会なんていつ来るかわかりませんよ?人生は一度きりです。まぁ、お二人は一度死んでいますけど」


◆そうか、魔物として目覚めなかったら私は何の願いも成就せずにただ人生に幕を閉じていたんだ。

 二人の境遇を聞いて、それなりに恵まれて生きてきた私はどこか遠慮していたのかもしれない。私も幸せになっていいのかな?

 でもエルテは大事にしたい。好きになるとしたら男の人って言ってたし、やっぱり私なんかに言い寄られて困ってるんじゃ?


 シホがそんな事を悩んでいるとエルテがボソッと漏らす。

 「メリランダは死んでる女の子とシてちゃんと満たされてるの?」

 「私の美少女を愛でる気持ちと想像力は本物ですよ。それは素晴らしいものです」

 「そうなんだ。私は近所のお兄さんとシた時は特に何も感じなかったから」

 「おっと、これは・・・・」

 お湯から勢い良く立ち上がったシホをメリランダは少し心配そうに見上げる。そこには、心ここにあらずな血色の無い顔があった。

 「わ、わた、私のエルテが・・・・。も、もう、お、大人の女に・・・・」


 エルテは前を見たまま話を続ける。

 「ただ必要とされたかっただけ。その時は言われるがまま。乱暴にはされなかったけど、別に良いものじゃなかったし何か違った。多分必要とされてたのは体だけ」


◆エルテが経験済み・・・・。私の心のどこかにある男性性みたいなものが特大ダメージを受けた気がする。いや、死んだ。

 それも痛いが、「別に良いものじゃなかった」?なら尚更あんな事を言っちゃって、エルテを傷つけていたかもしれないじゃない・・・・。


 崩れそうなシホをメリランダは支えながら、珍しく少し慌てた様子で、

 「エルテさん!恋する乙女をこじらせた処女のシホさんには今の話は重過ぎます!しかもエッチしたいなんて言ってしまっている手前、自責の念に耐えられるかどうか。ほら、呼吸も心臓も止まってますよ!」

 「それは元から。友達同士ならこんな話もするのかなって。それにシホ真剣に向き合ってくれてるから、隠すのも悪いと思って。傷つけるつもりは無かった」

 「清純そうなエルテさんの口からそんな事を聞くなんて、私も少しビックリしましたけど、一途なシホさんには相当堪えてますよ」

 「シホ、リズさんみたいな女性もいる。だから元気出してほしい」

 「何のフォローにもなってませんよ?エルテさん・・・・。比較対象が良くありません。我が姉ながら尻軽で申し訳ないです」


 意気消沈したシホを引き上げ、風呂から上がるとロビーに食事の席が設けられていた。一人浮かない顔が居るのにリズは気付く。

 「ん?どした?シホちゃん」


 メリランダの遠慮のないお喋り口が、リズに一連の事情を伝えた。


 「そっかぁ、シホちゃんはエルテちゃんが好きなのかー。ごめんねー、気づかなくて。お風呂で変な気遣いさせちゃったわね」

 「いえ、リズさんが謝る事では。というかまじまじと言われると恥ずかしいのですが・・・・」

 「でもそんな事で傷つくなんて可愛いわね。もしかして、処女の生血なんて物を使うの見たから余計意識してしまったのかしら?あれはね、女の生血なら何でも良かったのよ」

 食事をむせそうになるメリランダは姉を睨む。

 「はあ!?騙したのですか!?お姉様!」

 「どれくらいお友達を思ってるか知りたくてね。躊躇なく指を切ってたわね、あなた」

 「高潔なる血とか自慢してしまったではありませんか・・・・」

 「まぁ、何はともあれ物質的な価値では処女性なんてそんなものよ。シホちゃんはエルテちゃんが誰かのものになってしまった悔しさと、そんな事を気にする自分を恥じて苦しんでいる。といったところかしら?」

 シホは太ももの上に置いた手をぎゅっと握った。

 「それもあります・・・・。それに私がエルテを求めちゃう事で傷つくんじゃないかと・・・・」

 「好きになった相手と肌を重ねたいと思うのは健全な感情よ?ここまでエルテちゃんの気持ちは尊重してきてるんだし、これからもそうするつもりなんでしょ?」

 「当然です」

 「なら問題無いと思うわよ。シホちゃんは苦しい事もあるかもしれないけれど、気持ちを伝えてある上でお友達を続けられてるなんて素敵な関係じゃない。あ、こんな事話してるからエルテちゃんはさっきから恥ずかしいよわよね?ごめんね」


 ティーカップを持つ手が落ち着かないでいたエルテは、ようやくその事に触れられ手を止めると話しだす。

 「村でのあの話は、自分に嘘ついて生きてた私が勝手に傷ついただけ。だからシホは気にする事無い」

 口ごもるシホに代わりリズが合の手を入れる。

 「でも気になっちゃうのよねー?誰かを愛するって自分の半身がその人になったみたいで、痛みも喜びも半分半分。エルテちゃんの気持ちは、既にエルテちゃんだけのものじゃないのよ。もし愛する人が居なくなりでもしたら、残るのは抜け殻だけなのよね・・・・」

 シホが頷く一方でメリランダはため息をつく。

 「何となく良い事言ってるように聞こえますが、お姉様は殿方が途絶えたことがないじゃないですか」

 「私はそんなの耐えられないからねー」

 「やれやれ」


 エルテはまだ割り切れないシホの顔を見る。

 「シホの中にも私が居るなんて考えもしなかった。シホの胸痛くしてごめん。私嘘つきだったけど友達からって言ったの、あれは嘘じゃない」

 「エルテ・・・・」

 「シホは素直なくせに細かい気持ち伝えるの下手。今日はそれ知った」

 「ん、私もエルテを知って、今日は痛かった。それでも私はもっとエルテの事知りたい」

 いつもの表情に戻って来たシホを見てメリランダは愛想を振りまく。

 「シホさん、例えエルテさんにフラれても私、メリランダがおりますよっほぉぉぉえぶっ!」

 リズは微笑みながらメリランダの頭をテーブルへ片手で押し付けた。

 「調子に乗って水を差すような事言うんじゃないの、まったくこの子は。ところで可愛い子ちゃん達は深層部を目指すつもりでいるんでしょう?それならもっと強くなりなさい。大切な誰かを守りたいならね」

 「しょの可愛い妹きゃら手を放しゅていただきぇると助きゃります、お姉しゃま」

 「メリランダ、あなたも明日から特訓よ?」

 「ふぁい・・・・」


◆あれ?メリランダには優しいって言ってなかったっけ・・・・?


 暫くした後、リズは一人になるとメリランダの無事を伝える手紙を書き、籠の中に居たコウモリを外に出すと、その足にそれを括りつけ宿の外へと放った。

 そうして三人はリズの指導の下、翌日から数日間にわたり戦闘訓練を受ける事となった。

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