第七章 傷む彼女と綻ぶ彼女

#14

◆私達は31層目へと足を踏み入れた。ここから先40層目までは“穢れの澱み”と呼ばれる区域らしい。

 毒々しく淡く光るキノコが生える幻想的な景色とは裏腹に、これまでの不死系の魔物に取って代わり、地面や壁を這う悍ましい肉塊達。何かの成れの果てや、死霊の成り損ないが不浄系の魔物として、人間の命を今か今かと狙っている。

 メリランダの屍人払いの結界もここでは役に立たず、彼女の顔にも自然と緊張感が宿っていた。

 そう言えば彼女は本来、可能な範囲で私達の行動を監視するのが目的だったはずだ。


 「メリランダ、ここから先は流石に危なくない?お父さんからは行ける範囲で良いって言われてるんでしょ?」

 「ええ、そうですが、私も以前訪れた時よりは成長しているので余力はあります。まだ引き返すつもりはありませんよ?」

 「無理しないでね。出来るだけ道は切り開くから」

 「では前衛はお願いします。ここからは私も積極的に魔物を倒さなくてはなりません。幸いお二人が聖属性への完全耐性持ちなので、通常のパーティー戦と違い、範囲魔法も気にせず発動できそうです」

 「巻き込む気満々じゃない・・・・」

 「そうそう、この辺りの魔物はまだお二人を狙わないと思いますが、息のあるスライムやブロブに迂闊に触ると肉体が消化されかねないので気をつけて下さいね」


 メリランダの忠告もあり慎重に目の前の魔物達を倒して行くシホ。エルテも肩を並べる様に頑張っていた。

 墓標畑で拾い集めたスキルにより、シホとエルテの二人だけでも並みの冒険者パーティー以上の戦力を発揮していた。それに加え、魔物の群れを一撃で浄化していくメリランダ。

 そのままの勢いで次の階層に進む三人。すると遠くにいくつか明るく光る場所をシホは見つける。

 「ここは聖者の軌跡が何ヶ所かあるんだ?」

 エルテはそのうちの一つを指差す。

 「ねえ、あそこ建物みたいのあるけど」

 それを見ながらメリランダは呟く。

 「数年ぶりに来てみれば、こんな場所に本当に建てていたとは・・・・」

 二人は何か知っている様子のメリランダを窺う。

 「私には歳の離れたお姉様が一人居るのですが、数年前から人手を雇い、何やらここの地下に資材を運び入れていました。たまに帰って来た時に何をしているか尋ねたのですが、ちょっとしたビジネスだとはぐらかされ・・・・。お父様に聞いても、お前は行くなと言われる次第でして」

 その話にシホは興味を持つ。

 「メリランダってお姉さん居るんだ。どんな人なの?」

 「お姉様は墓守としても魔導士としても優秀で、私と違い様々な魔法を操れる才能を持った人です。ですが、少し変わっていて・・・・」

 「メリランダも十分変わってるのに!?」

 「私の自分に正直であれというのは、お姉様の教えなのです。お姉様は正直と言うより自由奔放な性格で、最近では墓守の仕事をほったらかし、そのせいでお父様とは不仲が続いています。でも普段は私には優しいのですよ?」

 エルテはメリランダに尋ねる。

 「お父さんに行くなって言われてるなら別な場所で休む?そろそろ休息が必要でしょ?」

 「そうですね、でも折角ですから少し伺っていこうかと思います」

 「じゃあ行こうか」

 三人は魔物を倒しながらその建物らしき場所へと向かった。


◆聖者の軌跡内に建てられた辺りに似つかわしくない一軒の宿?に私達は辿り着いた。

 派手目な外装に大人な雰囲気が漂う。知識として何となく知っている。ここはまるで・・・・。


 「メリランダ、ここって・・・・!」

 「連れ込み宿ですねっ!!」


 やっぱり!!!


 「お姉様に話してきますので少し待っていて下さい」

 そう言ってメリランダは一人で中へ入って行った。


◆エルテと二人きりで大人の宿の前に居るなんて、ドキドキしてきた。心臓動いてないけど。

 抑えるんだ私!ここでまたエルテに拒絶されたら生きていけない・・・・!


 沈黙を守るシホの横でエルテがふと話し始めた。

 「小さい頃、お母さんにこのピカピカ光るお家ナニって聞いたら、赤ちゃんもらえる所って言ったから、弟が欲しくて駆け込もうとしたら怒られたの思い出した」

 「ぷっ、あっははは!エルテ可愛い」

 「お姉ちゃんになるの憧れた時期もあったの」

 「私も一人っ子だからそんな時期あったなぁ。姉妹みたいに一緒に育った幼馴染は居るけど、その子にフラれちゃったんだよね・・・・」

 「好きだったんだ?」

 「うん、ずっと好きだった。やっぱ女の子同士は変だって。でもずっと親友でいてくれるって言ってくれた」

 「優しい子なんだね。今でも好き?」

 「誰かさんのせいで忘れちゃったよ」

 「っ!シホは素直過ぎ・・・・。私はその子みたいに優しくない」

 「うん、知ってるよ」

 「・・・・シホが私を必要と言ってくれて・・・・、嬉しかった」

 シホは気持ちを抑えられずエルテの手に切ない指を絡ませようとした矢先、メリランダが出てきて二人を呼ぶ。平然を装うシホは名残惜しそうにして、エルテと共に中へと入って行った。


 宿のロビーで鮮血の如く赤い髪を腰まで伸ばした背の高い妖艶な女性が二人を出迎える。

 「本当に聖者の軌跡に入れるのね。ふふ、どんな存在だろうと妹と仲良くしてくれてありがとね。私はメリザベータ。リズって呼んで頂戴」

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