第二章 出会う彼女と嘘つき彼女

#3

◆広大な草原を馬で駆け、どれくらい経っただろう。このルーベファンス大陸には、それほど魔物が生息していないのが旅の救いだ。私は馬を休ませるため、何度か野宿をし、いくつかの国や街を過ぎた。それでもまだ、ミュカの笑顔が頭から離れない。

 失恋に終わった初恋を引きずりながら、ようやくノドガロス王国領土内の端にある、ミジールと呼ばれる村へとたどり着いた。

 領土内といっても、王都まではまだかなり距離があるため、一晩の宿を探し、馬を引きながら歩いていると、薪を抱え歩く、私と同じくらいの歳の少女に出会った。彼女を見た私は、思わず目を見開き、呼吸を忘れてしまった。

 彼女の、素朴で可憐な野花の様な色をした、ゆるめのくせがかかる空気を孕んだ髪。少し眠そうな目に湛えている、宝石の様に澄んだ瞳。私の好きだったミュカとは、似てもいない。それなのに、彼女を一目見たとき、雷に打たれたかの様な感覚に襲われた。

 トトマヤ村で過ごして居た頃、ミュカが大人っぽくなったなと思った時に感じた、何とも言えない感覚を思い出したけど、それ以上だった。同時に、ミュカの「私の事忘れられる素敵な人と巡り合えるよ。」という言葉が、頭を過ぎった。

 何とか昂る気持ちを飲み込んで、彼女に宿を探している事を伝えると、自分の住んでる家でいいならと、案内してくれた。これはなんたる幸運だろうか。


 少女は家の前で薪を降ろしながら、人当たり良さそうな口調でシホに話しかける。

 「馬はその辺に繋いでおいて。お母さんに話してくるから」

 そう言って、先に家の中へと入って行き、シホが近くの木に馬を繋いでいると、家のドアが開いた。一目で彼女の母親だと分かる特徴を持った女性が出てきて、シホを快く中へと招く。

 夕食の支度の最中だった様で、シホが挨拶を済ませると、女性はキッチンへと戻っていった。食卓の席に座るよう少女に促され、腰を下ろすと、彼女は正面に立ちこちらを見た。


 「紹介がまだだったね。私はエルテ。よろしくね、シホ」

 「よろしく、エルテ」

 「この家、お母さんと二人暮らしだから、好きにくつろいでいってくれていいよ。私、料理手伝うから、休んでて。疲れてるでしょ?」

 そう気遣いの言葉をかけると、彼女は母親とキッチンで作業を進める。シホは彼女の後姿に見惚れながら待っていると、すぐに時間は過ぎ、出来上がった料理が運ばれてきた。エルテの母は、シホに料理を取り分けながら話す。

 「来るのが分かってたら、もう少し作ったんだけどね。大した振る舞いが出来なくて悪いわね」

 「いえ、お構いなく」

 「この村には、エルテと歳の近い子が居ないから、仲良くしていっておくれよ。しかし、その歳で何だって旅を?」

 三人で食卓を囲むと、シホは旅に出る事になった理由を話した。


 すると親子は、心配そうにこちらを見て話し始める。

 「シホ、本当に大カタコンベに入るの?毎年、何人もの冒険者が帰って来ない場所だよ?」

 「そうだねぇ。それに田舎者だって思われると、冒険者組合でも、まともな冒険者を紹介してもらえないかもしれないよ。心配だねぇ」

 「私、王都なら案内できるから、良い冒険者が見つかるまで、付いて行ってあげようか?いいかな?お母さん」

 「王都に入るのかい!?・・・・まぁ、娘と同い年の子をみすみす死なせたら、後味も悪いしね。エルテが言うなら、行っておやり」


◆エルテの母親が王都という言葉に対して、どことなく影を落とすのが気になったけど、ありがたい申し出を断る理由もなく、私はエルテに同行をお願いする事にした。



 翌朝、二人を見送るエルテの母親に、泊めさせてもらったお礼を済ませると、シホは王都に向け、馬を走らせた。

 馬上で背中に密着するエルテの、自分には無い柔らかさと体温を感じ、シホが頬を赤らめながら、旅路を進めているその頃、王都では新王が即位した日を祝う、周年式典のパレードが行われていた。

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