第32話 この世にはBlackJackというゲームがある
「……同じ枕使うのか?」
「当たり前です。ひとつしかないんですから」
「じゃあ俺は枕なしでいいよ。好きなだけ使ってくれ――」
「ダメです。崎守くんも枕を使ってください」
「――っ!?」
不意に腰に絡まるのは温もりを帯びた手のひら。
逃さないぞという意思が肌越しに感じてくるほどに指には力が込められており、辻野さんの言葉が近かった。
「そ、そんなに驚きます……?」
「……いきなり腰触るな……。あと耳元で囁くな……」
「あれ?耳が弱点なのは克服したはずじゃ……」
「いきなりはビビるんだよ」
「あ〜そういうことですか。ならもう大丈夫ですよね?いきなりじゃないので」
「大丈夫じゃねーよ……。囁くなら同じ枕で寝ねーぞ」
「あ、それは嫌です……」
「んなら囁かない。約束な?」
「約束です……!」
堪えるような言葉が耳に落ちる。
どれだけ囁きたかったんだよとツッコミたくはなるのだが、今は心を無にすることに努める。
「……それじゃあ、お邪魔します」
「自分の枕ですよ?」
なんてツッコミが聞こえてくるが、心を無にする俺が言葉を返すことはなく、そっと枕に頭を乗せた。
もちろん辻野さんに後頭部を向けて。
「……こっち見てくれないんですか……?」
ギュッと腰に回った手に力が入る。
「向かねえよ。寝る時は壁に向かって寝るタイプなんでね」
「絶対嘘ですよね?この前は私に抱きつきながら寝てましたもん」
「……抱きついて他の辻野さんだろ……」
「先に抱きついたのは崎守くんですぅ」
「記憶にないから知らん」
「私は記憶にあるので知っています!」
なんて会話を繰り広げる中、腰に添えられた手がこっちに向けと言わんばかりに揺すり始める。
「ねぇ崎守くん〜!こっち向いてくださいよ〜!」
「無理だ」
「どうしてですかぁ!私は崎守くんの顔が見たいんです!
俺は是が非でも向きたくはない。
……だって、ほぼ距離ゼロだぞ……?息と息が当たるんだぞ……?
(向いてたまるかっての!)
「俺は見たくないよ」
「やです!」
「やですじゃねーよ。寝るなら寝てくれ」
「……むぅ……」
分かりやすく不貞腐れる辻野さんの声が後頭部に吹きかかる。
「……じゃあいいです」
そうしてモゾモゾと動く辻野さんはこちらに背を向け、負け惜しみと言わんばかりに背中をくっつけてきた。
訪れるのは静寂。
誰かの寝息が聞こえるわけでもなく、風が窓にぶつかるわけでもなく、部屋いっぱいに広がるのはこれ見よがしの沈黙。
(このまま黙ってれば寝てくれるだろ)
なんてことを思案する俺はスッと体から力を抜き、辻野さんに体重を預けた。
さすれば、答えるように辻野さんもこちらに体重を預け――
「……やっぱり寝る時は顔を見たいです」
俺の考えに反し、静寂は切り裂かれた。
「そんなに見たいものか……?」
ため息混じりに紡ぐ俺の背中からは温もりが離れていく。
そうしてブランケットと一緒に上半身を起こした辻野さんは俺の横顔に言葉を落とす。
「寝る前寸前まで誰かとおしゃべりするのが夢だったんです」
「俺以外に誰かいねぇのか……?」
「いません。小さい頃からお母さんはお父さんの相手をしていましたし、今もお母さんは仕事で夜遅くまで家に帰ってきません」
「…………その手札ずるいだろ……」
カジノにはブラックジャックというゲームがある。
そのブラックジャックでは、最初に配られたに枚のトランプで『A』と『10』以上で『BlackJack』となる。
もちろん後から配られたカードでも『BlackJack』を作ることはできるのだが、最初にその2つを揃えた時点で、そのプレイヤーが勝つことは決まっているのだ。
……つまり、この状況で『BlackJack』を出した少女に、『10』と『8』のトランプを手に持った俺は勝てないということだ。
「あっ、もちろん嫌ならこちらを向かなくて大丈夫です……」
そんな声が聞こえる中、やおらに体を起こす俺に「ただ」という言葉が続けて降り注いだ。
――チュ
「これだけは……させて……ください……」
まるで音でも聞こえるのかと思ってしまうほどに、辻野さんの頭上からは白い煙が立っている。
そしてもちろん、横目に辻野さんを見やる俺も動きを止めざるを得なかった。
「……んぇ?」
我ながらダサい呆けた声だと思う。
……だが、それほどまでにこの状況が飲み込めないのだ。
感じたこともない感触が、頬に当たった感覚が。
「ネ、ネットで見たんです……。す、『好きな男性には、寝る前にキスをしてあげましょう』って……」
「…………どこのサイトだよ……!!」
ブンッと顔を背けた俺は勢いよく枕に頭を落とした。
湯気が立ちそうなほどに熱くなった頬を隠すために。
「そ、その……おやすみ……なさい……」
完全に自滅した辻野さんはおもむろに体を倒し、こちらに背中を向けた。
「……おやすみ……!」
一体『寝る寸前までお喋りがしたい』とはなんだったのだろうか。
ピトッと背中をくっつける辻野さんに、食いしばった言葉を返した俺はその温もりに体を預けた。
「……温かいですね……」
「うっせ……!!」
紡がれる辻野さんの背中にアタックを決める俺の背骨。
俺の言葉に素直に従ったのか、それ以上の会話はなにもない。
そして、俺が寝るのに数時間が掛かったのはココだけの話。
(……あんなのされて寝れるかっての……!!)
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