第30話 チケットを渡した犯人

「遊園地楽しかった?」

「すっごく楽しかったです!」

「良いわねぇ。青春だね〜」


 ……今、俺の目の前にいるのは言わずともがなの辻野さんと母さん。


 2人して白いお茶碗を片手に団欒な会話を繰り広げていた。


「……なんで辻野さんが……?」


 頭を拭いていたタオルがピタッと止まる。


 さすればこちらを見やる辻野さんはコテンと小首を傾げ、


「今日私の家にお母さんが居ないのでこっちで食べようかと思いまして」

「……いきなり来て食材足りたのか?」

「朝言われたんだから多めに準備ぐらいするわよ〜」

「……なるほど」


 どうして朝俺に言わなかったんだ?と疑問には思うが、今はそんなことを聞いてられない。


「……ちなみに辻野さん。髪濡れてるけどお風呂入ってきたの……?」

「入ってきましたけど……それがどうしたんですか?」


 明らかに早すぎる。

 確かに俺もお風呂に入っていたとはいえ、こいつのお風呂時間があまりにも早すぎる。


「ちゃんと洗ったのか……?」

「洗いましたよ!体の隅々まで!」

「うわっ、優夜ったら女の子にそんな事聞いちゃうんだ」

「なんで母さんもそっち側なんだよ……」


 なんて愚痴をぼそっと呟く俺はタオルを肩にかけ、ダイニングテーブルへと向かった。


「あ、そういえば優夜?」


 椅子に座るや否や、ふと思い出したかのように口を開く母さん。


 手を合わせた俺はお箸を持ちながら「ん?」と言葉を返す。


「真穂ちゃん振ったんだって?」

「――ゴホッゴホッ。ん……ゴホッ……え……?」

「戸惑いすぎでしょ」

「とま……どうだ……ろ!」


 胸を叩きながら紡ぐ俺は母さんに差し伸べられた水をグビッと口に含む。


「優夜がお風呂は言ってる時に真穂ちゃんから聞いたのよ。悲しかったよねぇ真穂ちゃん〜……!」

「はい……。悲しかったです……」


 いつものたじりたじりな言葉はどこへ行ったのやら。

 母さんに頭を撫でられる辻野さんは気持ちが良いのか、これ見よがしに頬を緩ませている。


「なんで振っちゃったのよ」

「……別に母さんには関係ないだろ」

「関係あります!だって遊園地のチケットを真穂ちゃんママに渡したの私だもの」

「あんただったんかい……!というかたまたまじゃなかったんか!」

「たまたまなわけ無いでしょ。2人が良い雰囲気になれるようにわざわざ遊園地のチケットを買ってあげたというのに……どうして振っちゃうの!」

「だから母さんには関係ねーって……」

「関係あります。というかもう真穂ちゃんに聞いてるし」

「じゃあ俺に聞くなよ……!」


 そんな俺のツッコミなんて無視する母さんは「辛かったねぇ」と慰めの言葉を辻野さんに浴びせる。


(……というか振られたことを簡単に人に伝えるなよ。それも母さんに……)


 ジト目を辻野さんに向ける俺は、整えた呼吸とともにトンカツを胃の中へと運ぶ。


「どうして真穂ちゃんを好きじゃなかったの?」

「……どうして?」


 不意に紡がれる言葉は何の変哲もない。

 されど、嫌に俺の眉間にシワを寄せた。


「好きにならない理由ぐらいあるでしょ?『好みじゃない〜』とか『他に好きな人がいる〜』とか」

「……あの……そ、それ……私が傷つきます……」

「あ、ごめんね?」


 悲しげな瞳を母さんに見上げる辻野さん。

 そんな辻野さんの頭を犬を愛でるように勢いよく撫で回す母さんは一生懸命に誤魔化そうとしているのだろう。


「好きになれない理由……か……」


 そんな中、呆然と思案に浸る俺はお茶碗の米粒に視線を落としていた。


「……まさか優夜。好きになれない理由がないってことはないでしょうね……」

「……」


 ジト目がこちらに向けられる中、俺はなにも答えられないでいた。


 ……だって、母さん言う通り、その理由がのだから。


「……あんたまじ?」

「…………まじでごめん」

「私、昔色んな男をたぶらかしてたけど、優夜みたいな男は見たことないよ?というか相当クズだよ?それ」

「前者は聞きたくなかったけど……その通りです。俺は紛れもなくクズです」

「え、なに?良いところを見つけられなかったの?」

「多分……」

「うーわ。我が息子にあまり痛くないけど、終わってるね」

「……はい」


 母さんの口から紡がれるのは絵に描いたような罵詈雑言。


 その隣では言葉を失った辻野さんが呆然と口を開き、今にも涙が零れそうな顔をしている。


「ほら、真穂ちゃんもこんな顔しちゃってるし。どうすんの?」

「い、今から見つける。好きになれなかった理由今から見つけるから!」

「もう遅いでしょ」

「いや!遅くない!」


 お箸を完全に置いた俺はそう叫び、思案に浸った。


 けれど、どんなに探そうが辻野さんの好きなところはもちろん、嫌いなところもひとつも見つからなかった。


「……真穂ちゃん。悪いことは言わないから、こんな男はやめときな?絶対碌な恋愛もできないクズ野郎になるから」

「…………」


 母さんの言葉とともに向けられるのは辻野さんの冷え切った瞳。


 絶望を1周回って冷めたのだろうか。それとも単にこの男はダメだと思っただけ?


 ……どっちにしろ俺の評価が下がるのは目に見えているのだが……いや、言い訳はよそう。俺が悪い。


「……ごめん」


 そんな一言を紡いだ俺は膝の上で握り拳を作り、お茶碗のお米を見下ろす。


「ごめんで許されると思うなー!」


 さすればブーブー!と腕を上げる母さん。


「と、とりあえず冷めないうちにご飯を食べましょうか……。後でじっくりお話しますので」

「……はい」


 辻野さんの助け舟……とも言い難い言葉を耳に入れた俺は言われたとおりにお茶碗を持つ。

 そうしてそそくさと箸を進めた。

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