第28話 MじゃなくてSかもしれない
いつの間にか青かった空はオレンジに染まる。
家に帰るカラスは鳴き声をあげ、人も少なくなった遊園地は良い雰囲気になった高校生が少々。
……ちなみに俺達じゃないぞ?
「実は私、観覧車に乗るの初めてだったりします」
「そうなのか?」
「はい」
コーヒーカップに乗ったときから辻野さんの言葉によそよそしさは見当たらない。
「崎守くんはあるんですか?」
「小さい頃に父さんと乗ったっきりだけどな」
「……私の初めてが……」
前言撤回しよう。
『初めて』を取れなかった辻野さんは分かりやすく顔を伏せ、よそよそしく言葉を漏らした。
「逆に初めてで嬉しいのか……?」
「もちろんです!だって好きな人の初めてですよ?嬉しいに決まってるじゃないですか!」
ギュッと掴んでいた腕を引っ張る辻野さんはフンスと鼻を鳴らす。
「はぁ……。そんなもんなのか……」
若干疲れが溜まっている俺は辻野さんから視線を逸らしてもうすぐそこにある観覧車に目を向けた。
「もしかして疲れてます?これから観覧車ですよ?」
「…………そりゃまぁ……な……」
思い出すのはコーヒーカップに乗ってから。
『何でもしていいぞ』と言ったからだろう。
コーヒーカップを極限まで回した辻野さんは、まるで意図していないと言わんばかりに俺の体にへばりついてきたのだ。
キスでもするかのように。
……まぁ、『何でもしていいぞ』と言った手前、拒否することもできずに、キスだけは阻止しながら辻野さんに身を任せていた。
「私のアタックが激しすぎましたか?」
「……うん」
「なら良かったです」
「…………うん」
もしかしたらこいつは『M』じゃなくて『S』なのかもしれない。
なんて疑問を頭の片隅で考える俺の前にやってきたのは青色のゴンドラ。
そんなゴンドラに案内するのは「どうぞ〜」と手招きをするスタッフさん。
「ちなみに崎守くん。この数時間でドキッとしましたか?」
「え、いや?別に」
スタッフさんに会釈する俺は悠然と言葉を返した――のが間違いだった。
腕を離してゴンドラに足を踏み入れた辻野さんは「ふーん」と頬を膨らませ、睨みを効かせてくる。
「な、なんだよ……」
「私、結構アタックしてるんですけどね?羞恥心を撃ち殺して崎守くんに抱きついてるんですけどね?」
「羞恥心はちゃんとあったんだ」
「ありますよ……!!」
修羅場を目の前にしたスタッフさんは「ご、ごゆっくりどうぞ〜」という気まずげな声とともに扉を閉める。
「顔も赤くしなかったからないのかと……」
「私、こう見えて恥ずかしがり屋ですので!」
「まぁ、うん。それは見てて分かるよ」
「……分かってくれるのは嬉しいですけど、それはそれでなんか……嫌です……!」
不意にフンッと鼻を鳴らした辻野さんは顔を逸らし、ソファーに腰を下ろした。
「怒ってる?」
「怒ってますよ!ずっと!!」
「あー……それは、ごめん……」
続くように腰を下ろす俺にキッと目頭を立てる。
「別に謝らなくていいです!ただ、私以外の人に勘違いさせる行動はしないでください!」
「もちろん。……てかさっきも言ったけど俺、他の女子と話せないし……」
「あっ、そうでしたね。でしたらこの心配はご無用ですね」
「…………だな」
どことなく煽られている気もするその言葉に釈然とできない俺は、眩い窓に頬杖をついて外を見やる。
さすれば辻野さんも続くように窓の外を見て、
「崎守くんって、好きな人居たことあるんですか?」
「いきなりだな……」
「気になりましたので」
正面に顔を戻して目に入るのは、輝かした瞳で外を見続ける少女。
悠然と紡がれる言葉とは相反しているその表情にギャップすら抱きそうになる。
「……まぁ、いないよ」
ばつが悪くなった俺はふいっと顔を逸らす。
そんな顔についてくるのは辻野さんの声。
「え?いないんですか?」
「……女子と話せねーからな……」
「幼稚園の先生とか好きにならなかったんですか?」
「熟女は好きじゃないからな」
「じゅ、熟女……?それは分かりませんけど……崎守くんも私と同じなんですね」
「だな」
なんで痴女が『熟女』を知らないんだ?と些か疑問には思うのだが、この場で考えることではない。
だから俺は小さく顔を横に振り、思考を逸らすように頬杖をついたまま辻野さんのことを見て話題を変更させた。
「これからアタックされる側が聞くのも何だけどさ、辻野さんは俺のどこに惹かれたの?……自分で言うのも何だけど、こんなクソ野郎のどこを……」
「どこをと言われたら出てきませんけど……いつの間にか好きになっていました。あと、私の好きな人をクソ野郎って言わないでください」
「自分で言うのもダメなのか……」
「当たり前です。崎守くんがどんなに卑下しようとしても好きな人は好きな人ですから」
「おぉう……。ありがと」
多分、こんな短時間でこんなに告白されたのは人類で俺が初めてだろう。
というかこいつ、多分もう『好き』という言葉も『好きな人』という言葉も慣れてきているな。
最初に見たあの頬の赤らみも今ではもう見ない。
結構反応を楽しんでいた俺からすれば残念なのだが……これも成長なのだろう。
「あっ、そろそろ頂上ですね」
対面に座る辻野さんは窓の外を眺めながら紡ぐ。
「だな」
まるで子どものように輝かせるその瞳は遠くに見える海を見つめ――不意に俺の方を見る。
「お隣行ってもいいですか?」
「今更許可を求めるのか……?」
「一応貰ったほうが良いかなぁと」
「変に几帳面だな。どうぞ」
「ありがとうございます」
どことなくかしこまった辻野さんは腰を上げ、頂上の景色を見ることもなく俺の顔をジッと見つめながら隣に座る。
「今頂上だぞ?」
初めて乗るのだから頂上の景色を見たほうが良い。そんな善意で紡いだのだが、
「頂上よりも崎守くんの方を見ていたいので」
「…………嘘つけ」
こちらを見る瞳は先程の子どものような輝きを帯びていない。
俺からも分かってしまうその感情をこいつが分からないわけもない。
故に、辻野さんは無理して俺の顔を見ているのだろう。
『好きにさせたい』の目標を叶えるがために。
「――んむっ」
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