第27話 クズ男でごめん

「……へ?」


 俺の言葉を聞いたからだろうか。

 心底不審がるその瞳とともに傾げられる首は90度を有に超えている。


 そして天を仰いでいた俺の瞳が己の顔に降りてきた途端――


「待って!?どういうことですか!!」


 ――勢いよく俺の肩を鷲掴みにした辻野さんはブンブンと大きく揺らしてくる。


「ちゃんと言っただろ?『好きだ』って」

「違います!この『好き』と私が求めてる『好き』は全くの別物です!!」

「傲慢だな……」

「傲慢じゃないですよ!崎守くんが邪淫すぎるんです!!」

「失敬な。俺は欲に従順なんだよ」

「従順すぎます!!なんですか!『辻野さんの体は好き』って!!バカですか!?バカなんですか!?というかバカです!!バカバカバカ!!」


 鷲掴みにしていた肩を離したかと思えば次は胸に拳を当ててくる辻野さん。


 その瞳には涙が溜まっており、きっと我に返ればその瞼からは雫が落ちるんだろう。


「だからね?辻野さん」


 そんな涙なんて他所に口を開く俺なのだが……


「もうなにも言わなくていいです!これ以上なにも聞きたくありません!!」

「なんでだよ。絶対辻野さんには好都合なことだぞ?」

「『嫌い』って直接言われた上に、『君の体は好き』って言われた女の子の気持ちを味わったことあるんですか!?もうなにも聞きたくありません!どうせ私は体だけの女ですよ!!」


 自分の気持ちを口にしたからだろう。

 不意に叩く力が弱くなり、その瞳からはポロポロと涙が溢れ出てくる。


「私は……!崎守くんが好きです……!!この気持ちに気づいちゃった以上、私は諦めたくありません……!!」

「分かってる。諦めないことも、諦めてくれないことも」

「分かってるからきっぱり言ったんですよね……!『嫌い』って!」


 バッと顔を上げる目元が真っ赤になった辻野さん。

 憎むように細めるその瞳は親の敵だと言わんばかりに俺の目を捉える。


「言ったけど、続きがあるんだって」

「続きってなんですか!!私のことをおちょくりたいんですか!!!」

「ちげーって。どんだけ捻くれてんだ」

「捻くれたくもなりますよ……!だって……だって……!今の今まで私の体しか見てないって……!!」

「分かった。ごめん。今まで体しか見てなくてごめん」

「今謝ったって遅いですよ!」


 ドンッと握り拳を固めた辻野さんのか弱い力が胸にぶつかる。

 そんな拳をしっかりと受け止めながらも、俺は広げていた腕をそのまま辻野さんの背中に回す。


「うん。だから、これからはちゃんと辻野さんの中身を見る予定」

「――っ!?」


 胸の中で大きく瞳を開く辻野さんは驚きからか、口を開けれないでいる。


 多分、今俺が行っている行為はクズのそれ。

『嫌いって言ったのにこれからがあると思ってんのか!』とか『許されるわけがないだろ!』とか。


 色々言われることは承知の上だ。

 だが、やっぱり素直に話さなくちゃいけない。


 これまでの俺の考えと、これからの考えを。


「……許されると思ってるんですか……」


 胸の中から突然ボソッと紡がれる言葉。


「思ってない」


 淡々と紡ぐ言葉はつむじに落ちる。


「じゃあなんで今そんな事を言うんですか……!」

「まぁ……多分、俺の中じゃ辻野さんは『特別な存在』だから……かな?」

「……お世辞のつもりですか?やめてください。傷つきます」

「いやマジだって」


 グイーッと体から離れようと胸を押し出す辻野さんだが、当然のように俺はその行動を阻止する。


「これまで言ってなかったと思うが、俺は女性が嫌いだ」

「……女性が嫌い?」


 不意に腕の力を抜く辻野さんは顔の位置を元に戻しながら言葉を反芻した。


「うん。辻野さんは知らんと思うけど、小学と中学の頃に色々あって女子が嫌いになった」

「で、でも私には話しかけてくれるじゃ――あ、そういうことですか。私は女性としても見られていないと……。そう言うんですね……」

「ちげーって。どんだけ捻くれんだ」


 勝手な解釈をした辻野さんは再度グイーッと胸に手を押し当ててくる。


「だってそうとしか言いようがないじゃないですか!」

「んなことねーよ。俺はちゃんと辻野さんのことを女性としてみてるし、話したいから話してる」

「じゃあなんでそのことを今言うんですか……!!」

「……察しが悪いなお前……。特別だから話せるんだよ。……多分」


 確証はない。

 現に、辻野さんどころか辻野母とも分け隔てなく話せている。


 でもそれは辻野さんが特別な存在で、その特別な存在の親戚だから安心して話せるという解釈もできるわけであって、一概に否定もできない。


 でもだからといって肯定するわけにも……ってな感じで俺は『多分』と付け加える。


「……どうして私なんですか」

「…………天然……だから?」

「バカにしてますよね?絶対にバカにしてますよね!!それ!!」

「ちげーって!バカにしてない!むしろあの時は好都合だったと言うかなんというか……」

「言い淀みましたね!それ傷つきます!!」


(言えるかよ!『ラッキースケベを狙ってたから好都合』ってよ!)


 ふいっと顔を逸らす俺の胸に再度ポコポコと拳をぶつけてくる辻野さんは頭を振りながら紡ぐ。


「崎守くんは先程からなにが言いたいんですか!私を傷つけて遊びたいというのなら辞めてください!!もう嫌です!」

「だーかーらー!なんというか……なんだ。俺が言うもんじゃないと思う……が、うん。『まだチャンスがあるんじゃないかな〜』って……思いましてね……」

「…………チャンス?」


 手を止めた辻野さんは心底懐疑的な瞳をこちらに向けてくる。


「俺は辻野さんを特別視してるじゃん……?だから、もしかしたら辻野さんを好きになるんじゃないかなぁって……」


 分かってる。

『あんなこと言ったのになにを上から目線に言ってるんだ』と。『辻野さんを更に傷つけるつもりか』と。


 色々言われることは分かってる。

 傲慢だってことも、自分勝手だってことも分かってる。


 ……けど、勘違いさせていた俺にも非があるわけだし、初恋がこんな終わり方というのもなんかあれだし……。


「あ、もちろん辻野さんが嫌ならもちろん断ってくれても良い。今顔面をぶん殴っても怒鳴ることはないし、なんならいつ殴ってもなにも言うつもりはない」


 自分がクズ人間だということは分かっている。

 もしかしたら刺される可能性だってある提案だ。


「…………その提案、私以外の人にしちゃダメですよ……?」

「辻野さん以外にするわけがない。というか辻野さん以外に同世代の女子と話せないし……」


 タハハと場違いな苦笑を浮かべる俺は先程まで乗っていたジェットコースターに目を向け――不意に胸にのしかかる重みに視線を落とした。


「……クズ男ですね」

「…………うん、ごめん」

「……私が知ってる崎守くんはもっと優しい人です」

「優しくは……ないんだけどな?」

「……でも、このチャンスは逃したくありません。きっと、この人生で私は崎守くん以外の男性を好きになることはありませんので」

「ということは……」

「……乗りますよ。崎守くんのクズな提案に乗ります……!」


 グリグリとおでこを押し付ける辻野さんは堪えるような声を紡ぐ。


「……まじで乗るの?」

「提案してきたのはそっちじゃないですか……!」

「いやまぁ、うん。そうだな」


 正直断られると思っていた。

 だってこんなクズな提案に乗るか?俺なら乗らねーぞ。


(……初恋の力ってやつか……?)


 そんな疑問を胸に、俺はパッと抱き寄せていた手を離した。


「んじゃそういうことで。どんどんアタック来い!いつでも辻野さんに落ちる気でいるからな!」

「……じゃあ最初から落ちて――」

「いやごめん。それは無理。俺は好きな人とじゃないと付き合う気はないから」

「とことん傲慢ですね……!!」


 バシッと胸に拳を当てる辻野さんの瞼にはもう涙はない。

 その代わり俺の胸部はこれ見よがしに湿っているのだが……クズかかな提案をした罰だな。


「……ちなみにですけど、割とどんなアタックでも許してくれますか……?」

「もちろん。クズな俺に決定権どころか受け身に立つこの状況ですら烏滸がましいくらいぐらいだからな」

「それは……まぁ、そうですね。クズ男を好きになってしまった私も憎いです」

「……おう。そうだな……」


 思わず苦笑を浮かべてしまう俺なんて他所に、フッと笑みを浮かべる辻野さんは胸に押し付けていた拳を開き、力強く胸ぐらを掴んで引っ張った。


「――覚悟してくださいね」


 悪戯っ気に浮かべるその睨みはゼロ距離。


 いきなりキスでもするのかと思った俺の胸中はバクンバクンと心臓が飛び跳ねている。


「……お、おう……」


 ようやく出せたのは情けない声。

『体は好きだ』と高らかに宣言したやつとは思えないその言葉は宙を舞い、地面に落ちる前に腕を掴んだ辻野さんは俺を引っ張った。


「では早速、コーヒーカップに乗りましょう!」

「田舎の遊園地にコーヒーカップってあるのか……?」

「あります!お母さんと乗ったことありますので!」

「……そか」


 先程までの姿を彷彿とさせないその威勢は受け身の俺を圧倒する。


 けれど、そんな姿を拝めてホッとする俺が心のなかにいた。

 それと同時に、『この関係が楽しい』と思う俺も一緒に。

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