第26話 迷子は少数派の方
「――やぁそこのお2人さん!人通りが多いベンチで羨ましいことをしてるね!」
慌てて顔を上げた俺は勢いよく、なんの力も込められていない辻野さんから体を離す。
「い、いえ!これは不慮の事故と言いますかなんと言い……ます……ん?お前、和人か……?」
どことなく聞き覚えのある声だとは思った。
だが、サングラスやら風船やらで一瞬で気づくことはなかったのだが……うん、和人だ。
「あれ?バレた?」
「グラサン如きで騙されるかっての」
「それにしては気づいてなかったけどね?」
「……どゆことだ?」
辻野さんの顔を見れないでいる俺はわざとらしく和人に歩み寄り、そして眉間にシワを寄せる。
そんな俺の顔を見てか、楽しげに笑みを浮かべる和人は人差し指をピント立て、クルクルと回しながら紡ぐ。
「遊園地に来る時、入場ゲートで見たんだよね。言い合いをしてる2人を」
「……まじで?」
「まじまじ。そしてさっき、ジェットコースター乗ってたでしょ?」
「……うん」
「その時後ろに乗ってたの俺なんだよね」
「……嘘つけ」
「いやまじ。いきなり辻野さんが変な声出すからびっくりしちゃったよ〜」
そうして和人が目を向けるのは辻野さんの方。
気まずさで俺は見ていないのだが、和人の反応からして辻野さんは照れくさそうに頬を赤らめているのだろう。
「その……できれば忘れて……くだ、さい……」
「えぇ?やだよ。俺、結構『あおかん』?ってやつ好きだからさ」
「……おいその言葉どこで覚えてきた」
「え?ねーちゃんが教えてくれた。というかジェットコースター乗ってる時に教えてくれた」
「とんでもねーもん教えやがって……!」
和人だけは下ネタと縁のないやつだと思っていた。てか俺が下ネタから和人を遠ざけていた節もあった。
それでも、もし下ネタと触れあうことがあるのなら、もうちょっと下のレベルから始まるだろうと思った。
……けどなんだよこれ!いきなりそこにたどり着くな!
「その『あおかん』ってやつは知りませんけど……その言葉を教えてくれたお姉さんはいまどこにいるんですか……?」
俺の思考を遮るように紡ぐ辻野さん。
そんな言葉に釣られるように俺も和人と一緒に当たりを探してみれば――
「ねーちゃん迷子になってるじゃん。あれだけ俺から離れるなって言ったのに」
「絶対和人が迷子側だろ……!」
「だって数が多い方が迷子なんでしょ?だったら俺の方が少ないから俺が迷子じゃない」
「逆だよ。というか何人で来たんだよ」
「ん?上3人と来たよ」
「それで迷子になるなよ……!」
3人に見守られる中、どうやったら迷子になるんだ。
そんな疑問が脳裏に過る中、「まぁまぁ」となぜか俺を落ち着かせてくる和人は、これまたなぜかポケットからスマートフォンを取り出した。
「とりあえず2人は付き合ったんでしょ?記念に一枚取ってあげる!」
「……話しかけてきた理由ってそれか?」
「もちろん。じゃなきゃわざわざ甘い雰囲気の所に行かないよ」
「……そか。なら申し訳ないが、俺達は付き合ってない」
刹那、和人の手から離れたスマホがコトンという音を立てて地面に落ちてしまった。
それどころか、和人の顔のパーツすらも崩れてしまいそうなほどにグチャグチャになっており、心底納得のいかない瞳は俺と辻野さんを交互に見る。
「……嘘だよな……?」
「まじ。というか俺、振っ――いや、うん。付き合ってない」
「ん?今言い淀んだのなに?」
「……気にすんな」
「まぁ今は気にできないんだけどさ。え?付き合ってないの?辻野さんはともかく、優夜は絶対好きだと思ったのに」
「――っ!やっぱり霧島さんもそう思いますよね!!」
突然口を挟んできたのは背後にいた辻野さん。
赤い顔はもう大丈夫なのか、俺の視界へと入ってきた辻野さんは和人側に立ち、ジッと俺の目を見つめてくる。
「……なんだよ」
「優夜は気づいてないかもしれないけど、辻野さんを見る目が好きな子を見る目だよ?」
「……嘘つけ」
「いやホントだって。俺よりも知識があるから気づくかなぁって思ってたんだけど……気づいてなかったんだ」
……俺、そんなに分かりやすかったか?
自分では何の変哲もない――それどころかジト目を向けることが多い気がしていた。
……が、和人の隣で大きく首を縦に振る少女を見るに、ホントのことなんだろう。
「……うん、ごめん……。俺が悪いのかもしれん……」
「この際だからきっぱり言うけど、ほんとその通りだよ?多分だけど、辻野さんは勇気を振り絞って言ったんだよね?『好きです』って」
「うん!すっごい勇気振り絞った!」
「自分のことが好きだって確証があって告白したもんね?」
「もちろん!絶対好きだと思った!」
「ほら。優夜が悪いよ」
いつの間にか仲良くなっていた2人は頷きあう。
「……ごめん」
そんな2人を目の前に、俺はただ謝ることしかできなかった。
(……確かに、勘違いさせた俺が悪い……か……)
些か疑問が残る胸中なんて無視し、申し訳が勝る俺はもう一度口を開く。
「……辻野さん。俺、知らないうちに辻野さんのことが――」
『――迷子のお知らせです。肉球型のサングラスを掛けた、複数の風船を手に持った男の子を探しています。お名前は霧島和人くん。迷子センターで3人のお姉さんたちが待っていますので、お見かけになったお客様は迷子センターまでお連れください』
まるで俺の言葉を遮るように流れる放送。
和人の容姿を知らないからか、嫌に神妙な声で伝えてくるスタッフさんは『迷子のお知らせでした』と過去形で言葉を終わらせる。
「……探してるらしいぞ?」
「俺が探す側なのに……なんでだろ?」
「おめーが探される側なんだよ」
「絶対違うと思うけど。まぁいいや、ちょっと行ってくるね」
「……おう」
終始首を傾げていた和人は踵を返し、手を振りながら迷子センターとは真逆へと歩いていく。
「辻野さん!また休日明けにどうなったか教えてね!」
「はい!もちろんです!!」
どうやら辻野さんも方向音痴なのらしい。
なんの疑問も抱えることなく手を振り返し――突然俺の腕にしがみつく。
「それでどうしたんですか?私になにか言いたいことがあるんですか?」
ニヨニヨと浮かべるその瞳はジッと俺を見つめる。
「……いや、まだいいや。ちょっと考える」
「考えなくてもいいんですよ?思いのまま言っちゃっても」
「多分今はダメな気がする……。流れに身を任せたらダメというか……」
「流れですか……?私、波を起こしてますかね?」
「……ちげーよ。ピュアのやつらに挟まれて感覚がおかしくなってるって言いたいんだ」
「そ、そうなんですか」
若干懐疑的に首を傾げる辻野さんだが、すぐにその首を縦に振る。
「分かりました。崎守くんが考えたいというのなら時間を上げましょう」
「なぜに上から目線……?」
「ただ!ひとつ条件があります!」
俺の疑問になんて耳を傾けない辻野さんはビシッと人差し指を立て、俺の口元へと運んでくる。
「今、私に『好き』と言ってください」
ニカッと笑みを浮かべる辻野さんの顔には不純物なんて微塵もなく、心の底から願っていることが見て取れる。
……だが、和人がいなくなったことで、若干頭の整理がついた。
「…………無理」
「無理ってなんですか!」
「自分の胸に手を当てて考えたんだよ。どうして俺が辻野さんの力に負けていたのか。どうして俺は辻野さんのことを意識していたのか」
「え……?さ、最後のって……も、もしかして私のことを、い、意識してくれてたんです……か?」
「うん。今日……というか昨日からずっと意識してた」
「……!な、なら――」
パーッと花のように咲く辻野さんの笑みを止めるように俺は小さく首を振る。
「でもな?意識していたのはあくまでも辻野さんが俺に好意を寄せていたという事に関しての動揺からくるもの。この際だからはっきり言うけど、俺は辻野さんのことは好きじゃない」
「で、でも……」
刹那に現れるのは花開きそうになった花びらが抜け落ちる姿。
顔どころか腕を掴んでいた手すらからも力が抜け、崩れるようにベンチに座り込む。
「辻野さんが言いたいことも分かるよ。確かに俺は辻野さんの痴女行――天然を避けなかったし、力を込めていなかった……かもしれない。けど、それにはれっきとした理由があるんだ」
今にも泣き出しそうな人はやおらにこちらを見上げる。
「れっきとした理由……ですか……?」
そんな瞳にも動揺を見せることのない俺は「うん」と頷き、両手を広げて高らかに紡ぐ。
「俺はな?辻野さんは好きじゃないけど、どうやら俺は辻野さんの体は好きみたいなんだよ」
ん?なにかの冗談だって?
ふん!至って真面目だよ!!
「……へ?」
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