第25話 いつでも離れますよ?
「はぁぁぁぁぁ…………!」
強引に辻野さんを座らせた俺はでっかいため息を吐いて天を仰ぐ。
そんな俺の姿を視界に入れるや否や、よくわからないと言わんばかりに首を傾げる辻野さん。
「ど、どうしたんですか……?」
「……自覚ないのか」
「確かに人の目がやけに集まっていたとは思いますけど……」
「その理由だよ……!」
「り、理由ですか……?」
(もしかしてこいつ、本当に気づいていないのか?)
そんな疑問が脳裏に過るが、だからといって許すわけがなかろう。
腰に手を当てた俺はこれまた大きなため息を吐きながら辻野さんを見下ろす。
「……あんな?ああいう所で変な声を上げるのはやめてくれ?というか俺なんもしてないし」
「……そういうことですか?」
「他になにがあるんだよ……!」
未だにしっくり来ていないのか、コテンと首を傾げる辻野さん。
「私達がカップルに見えて羨ましい……とか?ふへへっ」
「おい自分で言っといて頬緩めるな」
多分、こいつは痴女が過ぎるが故に自分の行いの重大さに気づいていない。
というかきっと、痴女の前に天然もまだ顕在しているのだろう。
それが故にたまたま起こったラッキースケベを己のラッキースケベと唱えてまるで俺のラッキースケベのように振る舞って変な風に変な声を出して……――
(――こんな風に育てたのは一体どこのどいつだ!)
心のなかで叫ぶ俺はキッと睨みを辻野さんに向ける。
「付き合う気はありませんけど、そういう勘違いをされるのは憧れますよね……」
だが、未だに頬を緩ませる辻野さんは俺の睨みなんて気づいていない様子。
「……アホ。こっちは真面目な話ししてんだよ」
そんな辻野さんに軽くチョップをカマス俺は――突然頭を揺らした辻野さんにその手が避けられてしまった。
(妄想に脳みそがやられたのだろうか?でなきゃいきなり頭を揺らさないよな?)
なんて思案をしてしまうほど、俺は今の状況に混乱を抱かざるを得なかった。
「――んっ……」
きっと、半無意識的に口から溢れたのだろう。
頭を叩く気でいた俺はバランスを崩し、耳を刺激する少女の元へと倒れ込んでしまう。
チョップをカマそうとしていた手のひらを大きく実った果実に沈めながら。
「…………」
(これは俺が悪いのか?)
ズブズブと音を立てるように埋もれる手のひらと、ふわっとシャンプーの香りが漂う黒髪に落ちる俺の頭。
そして抱きつくように回したもう片方の手は白のパーカーをギュッと掴み、体を支えようと立てた膝は呆気なく崩れて辻野さんの膝の上に跨るような形。
「さ、崎守くん……?こういうのはやらないでくれって……」
「…………うん、ごめん。これは不慮な事故だ」
「……ジェットコースターも不慮な事故でしたけど……」
「……」
この状況でよくもまぁ嘘をつくものだ。
不意に固いもの――ブラ――に手が当たったのを感じながら嫌に居心地が良いその肩に顔を埋めたまま。
どうして居心地が良いのか。どうして抵抗しようと思わないのか。
色々と考察の余地がある感情が多々あるのだが……今は……本当になにも考えたくないかもしれない……。
「居心地が良いのならそのままでも良いですよ。……す、少し恥ずかしいですけど」
俺の感情を読み取ったのだろうか。
突然頭に右手を乗せてくる辻野さんは、クイッと俺の腰にもう片方の手を当てて優しく撫でてくる。
「恥ずかしいなら離せ」
「……崎守くん。この際から言いますけど、私はいつでも離れれますよ?」
「……え?」
混乱する俺なんて他所に、撫でることを止めないその手と共に更に続けられる優しい声。
「私はいつでも離す気でいます。けれど、いつもなんの抵抗もしてこないのは崎守くんなんですよ?」
「……嘘つけ」
「嘘は言いませんよ。私から求めるときも、その殆どは嫌がられてもすぐ離れられるように力を入れていません。力を抜けない状況にあったら別ですけど……」
「……だって今も――」
「今も力入れていませんよ?落ちないように腰を抑えているだけです」
「…………」
嘘だろ?冗談だろ?そんなわけないよな?
嘘だと言い張る俺の脳。
けれど、否定しきれないのはなぜか。
「だから崎守くんも私のことを好きなんだと思ったんです……」
そりゃ抵抗されなければ好きだと勘違いされても仕方がない。
というかするのが普通。
「……つまり、俺が抵抗していれば離れれたってことか……?」
「そうです。私はなによりも先に崎守くんのことを考えますので!」
綺羅びやかに並ぶその言葉と不純物の一つも入っていない声。
……じゃあ、階段の下で下敷きになったときも、消しゴムを取るふりをして指先を摘まれたときも、ドライヤーのときも、一緒に寝たときも――俺が抵抗していなかっただけ……?
いやでも抵抗はしたはずだ。
今もなおしているはず――
「――っ!?」
そんな疑念を解消させるために体に力を入れた。
「あっ、今力が加わりましたね」
「…………」
完全に言い訳ができない状況に陥ってしまった今、俺に残った選択肢は……
「…………ごめん。俺、知らんうちに辻野さんのことが――」
『素直になること』
だったのだけれど、そんな『素直』を遮るように入ってきたのは肉球型のサングラスを掛けた男性。
頭にはこの遊園地マスコットである虎の人形のカチューシャを付けており、これ見よがしに持っているのはパット見で数え切れないほどの風船。
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