第24話 俺は初めてジェットコースターが嫌いになったかもしれない

「本当に大丈夫なんですか……?」

「おう。この通り元気モリモリだ」

「……無理に元気を作ってません……?」

「気のせいだ」


 すっかり落ち着いた俺の顔はしっかりと辻野さんの顔を視界に捉えることができ、元気だと言わんばかりに上腕二頭筋に筋肉を集める。


 辻野さんは未だに心配してくれているようだが、杞憂だから否定する他にない。


「……そうですか」


 眉根を下げる辻野さんは相変わらずに腕に抱きついている。

 そんな辻野さんと俺が今並んでいるのはジェットコースターの列。


 さすがは休日というべきか、親子連れやらカップルたちが多く並んでいる。

 その中に紛れる痴女と病み上がりは場違いと言ったらこの上ないのだが……うん、気にしないでおこう。


「ちなみに辻野さんはジェットコースター乗れるのか?」


 話を逸らすように紡ぐ俺は叫び声が聞こえるレールに目を向ける。


「もちろんです。こう見えて私、自分に負荷をかけるの好きなんですよ?」

「……そういえばそうだったな」


 最近思い知らされたこいつがMだという事実。

 そのことを踏まえればジェットコースターが好きなことにも納得がいくし、とことん痴女だということが再確認できた。


「ど、どうしてジト目を向けるんですか……?」

「いや、なんでもない」

「絶対嘘ですよね?崎守くんとずっと一緒にいる私には分かりますよ?」

「それはよかったな」

「軽くあしらいました!?今、すっごい適当に言葉返しましたよね――」


 そんな辻野さんの言葉を遮るように到着するライドとスタッフさんの案内する声。


 4番ゲートの前に立っていた俺は目の前の扉が開かれると同時に足を踏み出し、前のお客さんが立った席にそそくさと腰を下ろした。


「……逃げました?」

「いんや?辻野さんも早くおいでよ」

「……釈然としませんけど……行かせてもらいます」

「おう」


 ポンポンっと隣の席を叩く俺のもとにジト目を向ける辻野さんがやってくる。

 そんな辻野さんと同じように前後の席のお客さんも腰を下ろす。


 さすれば俺達を逃さないためにか、ゲートは閉じてしまった。


「……そういえばですけど、崎守くんは乗れるんですか?なにも聞かずに並んでしまいましたけど……」

「余裕で乗れるね。辻野さんと同じで俺もジェットコースター好きだし」

「……強がりですか?」

「なんでそうなるんだよ」

「だって崎守くんですよ……?いかにもジェットコースター苦手そうじゃないですか」

「偏見が過ぎるだろ」


 未だに不貞腐れている辻野さんに言葉を返すと、ガタンッとライドが動き出す。

 ……多分、その『ガタンッ』で俺の体が跳ねたのだと辻野さんは勘違いしてると思う。


 不意に目を見開いた辻野さんは「やっぱり!」と声を張り、抱きついていた腕の先にある俺の手を捕まえてきた。


「私の前では痩せ我慢しなくてもいいんですよ!」

「……はい?」


 体が跳ねた。それ即ち『ビビった』という解釈に陥ったのだろう。


 単純明快過ぎるその解釈は扱いやすくて別に嫌いじゃないのだが、今じゃない。というかおめーも跳ねてただろ!


 刹那、ギュッと手が握られる。


「こうして手を繋いでいると心配が和らぐってネットで見ました!」

「いや別にビビってないんだが?」

「嘘をつかないでくださ――」


 突然浮遊感に身が包まれた。

 その理由なんてこの状況を見ていれば自ずと分かるだろう。


 前後からは悲鳴。そして楽しげに笑う声が聞こえる。

 けれど俺はそんなものに耳を傾けている暇はなかった。


「……」


 指先に感じるのはジーパン越しでも分かるムニッとした感触。

 きっと離れないように辻野さんが固定しているのだろう。


 だが、重力とともに滑るその指先は辻野さんの手を連れて太ももの付け根へとたどり着く。


「……んっ」


 太ももよりも固い。けれど確実に体温は他のどこよりも高い場所にピトッと手が触れる。

 そうして聞こえてくる辻野さんの堪えるような声。


「……ごめん」


 体が傾く中、気まずさに身を委ねる俺は視線を背けながら頭を下げる。


「あ、あまり……そういうところ……揉まないで……」


 先んじて言おう。俺は一切揉んでいないし、指先のひとつも動かしていない。

 つまり、全てはこいつの虚言癖なのだが……その事実を知るのは俺のみ。


「んっ……もう……」


 不意にライドに急ブレーキがかかる。

 さすれば風を切る音などここには存在もせず、悲鳴なんてもってのほか。


「い、今だけ……ですよ……」


 刹那、ピキッと氷のように固まるライド内。


 そんな中響き渡るのは辻野さんのモジモジとした声。

 なにバカなことを言ってるんだと叫びたい俺なのだが、突然集まる視線の重圧に負けてしまった。


「…………違います」


 唯一呟けたのは小声の苦し紛れの言い訳。


 そんな声に反して俺はその腕を力強く引っ張るのだが……もちろんその抵抗は虚しく終わってしまう。


『お疲れ様でした〜』


 スピーカーから聞こえてくる声がこれほどまで嬉しいと感じたことは今までにないだろう。


 前後から集まる視線はスピーカーとともに外され、自動で持ち上がる固定機に顔を落とした。


「……辻野さん。後でお話があります」

「お、お話だなんて……。これは不可抗力――んっ……」

「それをやめろと言いたいんだ……!さっさと行くぞ……!!」


 人の目が外れたからだろう。

 プレッシャーが軽減された俺は未だに己の付け根に指を擦り付けている少女を強引に立ち上がらせる。


 そうして開かれた扉を足早に潜り抜け、そそくさとベンチへと向かった。

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