第23話 デートはペアルック

「楽しみですね!!!」

「…………だな」


 あからさまに機嫌が悪い俺と、俺の機嫌の悪さになんて気づいてもいない辻野さんは目をキラキラとさせている。


 そんな俺達は今、電車に乗って数駅行ったところにある遊園地へと来ていた。

 ……どうやら昨日、辻野母がタイミングよく遊園地のチケットを2枚入手したんだとさ。


『ほんっっとうにたまたま』なんだとさ!


「……ここまで来てなんだが、まじで遊園地行くのか?」

「当たり前ですよ!これはれっきとしたデ、デート……です……!」


 自分で言っといて自滅する辻野さんは頬を真っ赤にさせ、その顔を隠すように白のフードを深く被る。


 デートだと言うのならもう少しおしゃれしても良かったんじゃないか?とは思うんだが、生憎こいつにファッションセンスは持ち合わせていない。


 多分白のパーカーにジーパンの今の姿が最大限のおしゃれなのだろう。


「……デートね」


 そんな白いパーカーにジト目を向ける俺は辻野さんのとは色違いである灰色のパーカーのポケットに手を突っ込む。


 辻野さんいわく、『デ、デートはペアルックです……!』とのこと。

『デート』という言葉を口にする度に恥じらっている気もするが、それ以上に気になるのは付き合ってもねーのになんでペアルックするんだよ、という疑問。


 正常位……じゃなくて、抱きつかれた恨みもあるから断ろうと思ったんだぞ?

 けどな?こいつ、『ペアルックしてくれないならまた抱きつきます!』って脅してきやがったんだよ。


「……デ、デートですから、腕に抱きついても……いいですよね……?」


 不意に聞こえてくる声とともに腕に回されるのは辻野さんの手。

 思わぬ出来事に反応が遅れた俺はその手から逃れることもできず、完全ホールド状態。


(……こんな風に場所も弁えずに抱きついてくるから脅しに逆らえなかったんだよ……!)


 逃げようにも逃げれない力に更に眼力を強くする俺は小さくため息を吐いた。


「……今日だけだからな」

「…………嫌です」

「嫌ですってなんだよ。俺らは付き合ってもなければ両思いでもないんだぞ?」

「将来的には両思いになるんだからいいじゃないですか!前払い的なものです!」

「恋愛にそんなもんねーよ!」

「私がその恋愛のルールを捻じ曲げてやりますよ!」

「捻じ曲げんな!」

「やです!」


 フードを被ったままの辻野さんはメガネが吹っ飛びそうな勢いで首を横に振る。


「こっちがやですだよ!」


 そんな辻野さんに負けを劣らないほど腕を振り回す俺は辻野さんの腕を跳ね除けようと試みる。……が、虫のように張り付く辻野さんは黒縁の間からキッと目頭を立てた睨みを向けてくる。


「約束が違います!少なくとも今日は許してくれるんですよね!」

「俺の条件が飲めねーのならその約束も破棄だ破棄!」

「やです!」

「やですじゃねーよ!」

「こうして誰かの腕に抱きついていたいんです……!」

「なんでだよ!」


 客観的に見れば遊園地の前で修羅場を迎えているカップルなのだろう。

 けれど生憎カップルでもなんでもなければ、修羅場のひとつも迎えていない。


 相変わらず腕を振る俺と、自身の胸まで使ってその腕にしがみつく辻野さん。

 ……でも、その騒がしい時間はとある一言で一瞬にして消え去った。


「…………お父さんがいないから……」


 どうやら俺達にも修羅場が到来したようだ。


 ピタリと腕の動きを止めた俺は、自分で言っといたくせに勝手に俯く辻野さんのパーカーを見つめる。


「……アホ。自滅するならそういう事言うな」

「だって崎守くんに嘘はつきたくないですし……」

「それでもだろ。こっちが反応しにくいわ」

「……ちなみにこのままでもいいですか?」

「…………好きにしろ」

「――やったっ!」


 耳に届くのはしおらしい声ではなく、弾けるような明るい声。


 果たして先程までの俯きは演技だったのだろうか。そう思ってしまうほどに辻野さんの切り替えはとてつもなく早く、思わず俺はこちらを見上げてくる瞳に睨みを向けてしまった。


「ど、どうしたんですか?フードに虫でもついていますか……?」


 さすればやっと俺が不機嫌だということが分かったらしい。

 輝きを得ていた目元は刹那に煌めきを失い、吊り上がっていた眉根は瞬く間に下がってしまう。


「……あんま人に家庭事情言うなよ」

「え?も、もちろん言いませんけど……」

「じゃあなんで俺には言ったんだよ……!」

「崎守くんには私のすべてを知ってほしいので……!」

「……俺のことをなんだと思ってんだ?」

「え?私の『大切な人』――そして『好きな人』です」


 ほんのり赤くした頬が俺の瞳を射抜く。

 昨日散々聞いたはずなのに。呆れすら抱いたはずのその言葉が嫌に耳に残る。


「……」


 バサッと無言でフードを被る俺は辻野さんから顔を背け、チケットを片手にスタッフさんがいるゲートへと向かう。


「え?崎守くん?どうしたんですか?」

「……なんでもない」

「絶対嘘じゃないですか!ちょっとお顔見せてくださいよ!お熱がまた上がったのかもしれません!」

「……そうかもな」

「だったら帰りましょう!遊園地なんでどうでもいいです!」

「……いや、行こう。楽しみにしてたんだろ?」

「そ、そうですけど……!」


 グイーッと腕を引っ張る辻野さん。

 そんな力に負けじと前に進もうとする俺……なのだが、もちろん引き戻される。


「……まぁ、気にすんな。そのうち治る」

「絶対嘘です!なんかさっきよりも声低いですし!」

「気のせいじゃないか?」

「無理にトーン上げなくていいですよ!」


 無性に顔が熱い。

 熱が吹き返したのかもしれない。……というかその線しか考えたくない。


 だって顔が熱くなったのはこいつの『好きな人です』だとか『大切な人』という言葉を聞いてから。


 そんな言葉を聞いた後に顔が熱くなる?……そんなのもう意識してると言わざるを得ねーじゃねーか……。


 だから俺は是が非でもこの熱さを熱のせいにする。

 意識なんてしてないぞと言わんばかりに。『昨日振っといて今日意識し始めるなんておかしいぞ』と自分に言い聞かせながら。

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