第19話 告白だった

「私……。崎守くんのこと、好き……です……」


 突然紡がれた言葉はほんっとうに俺の脳みそに入ってこなかった。


 どんなに咀嚼しようとしても広角の筋肉が拒否し、飲み込もうとしても扁桃腺が弾き返してくる。


「ん?えーっと、もう1回いいか?なんも聞こえんかった」

「……それなりに大きい声で言ったと思うんですけど……」

「うん言ってたね。でも聞こえねーや」

「……私だって恥ずかしいんですよ……?」

「そうかもしれんが、もう1回言ってくれ。処理しきれん」

「…………分かりました」


 小さくコクッと頷く辻野さんを前にすれば、感じていた頭痛も吹っ飛んでしまう。


 それどころか今、なんで寝ているのかも分からなくなってしまうほどに、俺の頭の中では混乱が巻き起こっていた。


 そうして目の前の少女がスッと小さく息を吸う。

 そんな呼吸に釣られるように体を起こす俺はその少女と視線を交わす。


「――好きです。崎守くんのことが、好きです」

「んーっと、えーーっと、あーーーっと……ん?」


 なんとか喉に通ったのは『好き』という言葉だけ。


 思わず首を傾げてしまう俺は、耳まで真っ赤にした辻野さんに問いかける。


「その『みたい』ってのはなに?というか誰のことが好きだって?中々飲み込めんくてごめん」

「どうして飲み込めないんですか!こんなに恥ずかしいというのに!!」

「うん、それは分かってる」

「じゃあ2回で聞いて下さいよ!!」

「ごめん」


 ワナワナと怒りを顕にする辻野さんに対し、嫌に冷静になる俺は淡々と言葉を返す。

 もちろん辻野さんの言葉の意味を咀嚼しながら。


「あと1回だけですよ!もう言いませんからね!!」

「おう」

「私は!崎守くん!の!ことが!好き!《みたい》!です!!」

「えーっと、崎守って俺のこと?」

「そうですよ!」

「……えーっと、えーーっと……。…………」


 やっと咀嚼しきれた――と思えば、嫌な汗が背中に流れ始める。


 この一瞬で食中毒にでも掛かったのか?なんていう予想に反し、その汗たちは辻野さんを見る度に更に溢れ出てくる。


「……ち、ちなみに……その『みたい』ってのはなに……?」


 先ほどとは比べ物にならないほど動揺を顕にした言葉。


 そんな言葉に対し、真っ赤にした顔をふいっと逸らした辻野さんは尖らせた口で紡ぐ。


「……まだわかんないんです……。好き……だとは思うんですけど、確証ができないんです……」

「確証……?」

「私、初恋してたと思ってたお人形さんがどうやら初恋じゃなかったみたいで……」

「……お人形さん……?」

「だからどの感情が『好き』という感情で、どの行動が『求愛行動』なのかがわからないんです……」

「はぁ……」


 目の前に自分よりも動揺してるやつがいるからだろうか?それともわけが分からんからだろうか?


 またもや嫌に冷静になる俺の思考と瞳は耳まで真っ赤にした辻野さんを見続ける。


「えーっと、つまりは『俺のことが好きだけど、好きかどうかがわからない』ってこと?」

「そうです……。きっと好きなんですけど……いや、好きです。私の心境とネットやら証言やらの情報を照らし合わせた時、これは『恋』なんです」

「……じゃあ恋なんじゃね……?」

「そうですね……。これは恋ですね。……ってことは私は崎守くんが好きなんですか?」


 そんな疑問を耳にした途端、俺は勢いよくおでこに手のひらを打ち付けた。


 理由?んなもん聞かなくても分かるだろ。


(訳が分かんねーからだよ!)


 なーにが『好きなんですか?』だよ!なーーにが『これは恋ですね』だよ!!


 バカなのか?こいつはバカなのか?いやバカだ!こいつはバカだ!!


「……好きなんだろ……。俺のこと……」


 一体自分でなにを言ってるのやら。

 別に自惚れてるつもりもない。それどころか、俺は自分を卑下するタイプの人間だ。


 そんな人間になんてことを言わせてるんだ……!恥ずかしさで死んじまうぞ!!


(というか誰だよ!こいつに恋心を自覚させたの!!)


 見つけ出してボコボコにしてやる、という思念とともに俺は枕の方へと体を倒した。


「さ、崎守くん!?大丈夫ですか!?」

「……大丈夫だ」


 あまりの情報量に倒れただけなのだが、好きな人が突然ぶっ倒れたことが心配なのだろう。


 勢いよく腰を上げた辻野さんは慌てる素振りで俺の肩を掴んだと思えば、勢いよく振り回す始末。

 ……うん、こいつはやっぱバカだ。


「すみません!しんどい時にこんな意味もわからない話をしちゃって!」

「大丈夫……。大丈夫だから、肩揺らすのやめろ……」

「あっ、すみません……!」


 そんな声とともに突然パッと離される肩。

 さすれば勢いよく倒れこむのだが、下がベッドで本当に良かった。


「その……崎守くん……」

「ん……?」


 若干復活した頭痛を感じながらも、耳に聞こえてくるしおらしくなった声。


「突然ごめんなさい……。いきなり好きと言われても困りますよね……」

「まぁ……そうだな。正直言ってすっげー困る」

「…………ごめんなさい」


 あまりにも正直過ぎる回答に、分かりやすく落ち込む辻野さんの瞳は灰色の絨毯に落ちる。


「でもまぁ、うん。気持ちは嬉しいよ。告白されて嬉しくないわけ無いし」

「――っ!」


 そんな瞳を掬い上げるように言葉をかけてやれば、これまた分かりやすく嬉しそうに目を見開く辻野さんの姿。


「ということは!崎守くんも!私のことが好――」

「けど、ごめん。嬉しいと好きは別だから」

「……へ?」


 デコに乗せた手で目元を隠す。

 そうして聞こえてくる辻野さんの唖然とした声。


「俺自身、辻野さんのことは友達としか思っていない……と思う。まだ心の整理ができてないから曖昧だけど、少なくとも好きじゃないよ」


 これは本音だ。

 誰がなにを言おうが本音だ。


 これまで辻野さんを友達……どころかただの痴女な女の人として見てきた。


 そんなやつに突然告白されても付き合えるわけもないし、『俺も好きだ』と嘘を付くわけもない。


「え……?」


 きっと、今の辻野さんは泣き出しそうな顔をしているのだろう。


 震える声からも分かる。シーツがギュッと握られたことで察せる。この状況で察せるし、嫌でも分かる。


「初恋をこんな感じで終わらせてごめんとは思う。けど、それほど恋の世界は厳しいんだ。……初恋がいい経験にならなくてごめんな」


 初恋は大体幼稚園で終わる。遅くても小学生の低学年。

 そしてその相手のほとんどがお父さん、もしくは保育園の先生。


 大体が儚く散り、その儚く散った記憶は大人になればほとんど無くなる。


 恋というのは単純で明快。けれど、その分酷く脆く、儚い。

 初恋なら尚更。


 そして高校生の少女は意識もしっかりしていれば、自分で考える力も持ち合わせている。


「……ごめん」


 うんともすんとも言わなくなった辻野さんに小さく言葉をかける。

 今後一生記憶に残るであろう大人びた少女に対して。


 さすれば隣からスカートの擦れる音が聞こえる。


 このまま帰るつもりなのだろう。

 幸いなことに明日は休日だ。ゆっくり休んでくれ。


 そんな情けを心のなかで願う俺は――


「……嫌です」

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