第20話 宣戦布告……?

 ――不意に温もりに包まれた。


「え?」


 慌てて目元に乗せていた手を退けてみる。


 そこに広がるのは胸に抱きつく――よりかはしがみつくに近い抱きつきを披露する辻野さんの姿。


 駄々をこねる子どものようにグリグリと胸に顔を押し付け、何度も「嫌です」と口にしていた。


「つ、辻野さん……?」

「…………」


 不意に黙り込むのは正気に戻ったからだろうか?それとも無駄な抵抗だと分かったから?


 色んな思案が飛び交う俺の脳みそはあまりの情報量にパンクしそうになったのだが、忽然と紡がれる辻野さんの言葉で正気に戻る。


「今、すっごく悲しくなりました……」

「まぁ、そうだろうな……」

「お父さんとお母さんが喧嘩したあの日よりも辛くなりました……」

「……そんなにか……?」

「当たり前です……。だって……だって、本気で崎守くんが好きだってことが分かったんですから……」

「……ん?今の今まで曖昧だったのか……?」

「正直……」


 曖昧な状態で告白してきたのか?なんてこの状況に不釣り合いな思考は、胃の中にねじ込んで消化させる。


「そうか……。でもごめん。辻野さんの気持ちには答えられない」

「……嫌です」

「『嫌です』ってなぁ……」


 わがままな子を相手にすると呆れが湧いてくる。


 その感情と同じなのだろう。不意に溢れる小さなため息は、持ち上げていた手を再度目元に落とした。


「迷惑だってことは分かってます……。けど、このぽっかり開いた穴を埋めてくれるのは崎守くんだけなんです……」

「俺だけなことはないだろ……」

「崎守くんだけです……。生涯、私の前に現れるのは絶対に崎守くんだけなんです……」


 そんな言葉とともに更に強くなる辻野さんの抱きつく力。

 けれどその力は言葉のように弱々しく、いつものゴリラさは伺えない。


「そうか……」


 これは果たして『恋』というのだろうか。

 どちらかと言えば『依存』なのでは無いのだろうか。


 なんていう俺の憶測なんて何一つ分かっていないのだろう。

 バッと顔を上げた辻野さんは、薄く涙を浮かべた瞳でこちらを見上げてくる。


「だから……!崎守くんも『好き』って言ってください……!」

「…………無理だ」

「どうしてですか……!」

「どうしてもだ……。俺は辻野さんと……」

「え?」


 ふと聞こえてくるのは辻野さんの唖然とした声。

 俺の声が聞こえなかったのか?なんてことも思うのだが、どうやら違ったらしい。


「私、付き合うとかそういう欲はありません……」

「え?」


 ふと声を漏らしたのは俺。

 辻野さんのコテンと傾げる首は心底懐疑的にこちらを見上げるばかり。


「ん?辻野さんが言ってる『好き』ってのは恋愛的な『好き』って意味だろ?」

「はい、恋愛的に崎守くんのことが大好きです」

「……ん?なら付き合いたいのでは……?」

「いえ、そういうのは微塵も思いません。確かに崎守くんと付き合えたら楽しいと思いますけど……お母さんとお父さんの事を見てきましたから、誰かと付き合うとか結婚するとかの欲はありません」

「…………ん?じゃあ今までの会話は……?」

「え?崎守くんに好きと言ってほしいな、と……」

「…………」


 ――パチンッ


 目元にあった手を持ち上げ、勢いよく落とす。


 自分の思い違いを責め立てるように。少し自分を正すように。

 何度も。


「さ、崎守くん……?どうしたんですか……?」

「なんでもない」

「そんなに顔を叩いといて大丈夫なわけ無いじゃないですか!」


 そんな言葉とともにバシッと俺の手を掴む辻野さん。

 その手にほんのり温もりがあるのは俺の体を抱いていたからだろうか。


「……まぁ、うん。1回俺をってくれ」

「どうしてですか!絶対に嫌ですよ!好きな人を叩くとか絶対に嫌です!お父さんの二の舞いにはなりたくありません!!」

「……うん、ごめん……」

「分かってくれるならいいです」


 フグのように頬を膨らませた辻野さんは丁寧に俺の手をベッドに返してくれる。

 そうしてふと思い出したかのように、その膨らんだ頬をしぼましてこちらを見てくる。


「そういえば崎守くん。私に好きと言ってください」

「…………無理」

「どうしてですか!?」

「……好きな人にじゃないと言いたくない……」


 目をかっぴらく辻野さんから逃げるように視線を逸らす。


 さすれば追いかけるようにベッドにまで乗り上がってくる辻野さんは強引に俺の視界に入り、


「私がその言ってくれるんですね!」

「……ん?」


 虫唾が背中いっぱいに走る。


「崎守くん。覚悟してくださいね!」


 ギュッと背中に回された腕にはいつものあの怪力が乗る。

 ついでに俺の胸にはあのでっかい胸が乗る。


「私のことを絶対に好きにさせてやりますからね!」

「……え?」

「それでは!お大事に!!」


 プンスカと膨らませた頬は不意に俺の体から離れる。


 これは宣戦布告……ということでいいのだろうか?


(というか……え?な……え?)


 混乱が巻き起こる脳が情報が処理切れないまま、


「ちょ!待っ――」


 ――バタンッ


 怒りを表すように勢いよく扉が閉められた。

 そうしてもたらされる静寂の部屋に聞こえてくるのは颯爽と聞こえてくる玄関の音。


「もう帰っちゃうの?」


 なんて母さんの言葉なんて無視し、その扉は閉められた。


 俺の思考も同じように閉ざしたいところなのだが、そうさせてくれないのは嫌に働く俺の脳みそ。


「……さ、さすがに……宣戦布告じゃ……ないよな……?」


 自分に言い聞かせるように呟く言葉は頭痛のことなど忘れ、静まり返った部屋でグルグルと回り続けた。

 そんな部屋とは裏腹に、騒がしい脳内と同じように。

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