第16話 正体は知らん
「こっ酷く怒られましたね……」
「だな」
まだ明るい青の空。
車が通り過ぎる道路脇で歩く辻野さんは小さくため息を吐いた。
「やっぱりこの感情のことを考えると碌なことになりません……」
「だな」
「封じ込めとくべきなんですかね?この気持ちは」
「だな」
「…………崎守くん?」
不意に視界に入り込んでくる辻野さんは眉間にシワを寄せ、腰に手を当てている。
昨夜のTシャツなら胸が見えているその前かがみの姿勢からは怒りが伺える……のだが、一体何に対して怒ってるのだろうか。
「どした?」
「どしたじゃないですよ……!」
首を傾げる俺に、足を止めた辻野さんはズイッと顔を近づけてくる。
「なぜ『だな』しか受け答えしてくれないんですか!それも先生に怒られているときから!!」
「あー……そうだっけ……?」
「そうですよ!崎守くんらしくありません!」
ビシッと言い放たれる言葉。
確かに先生に怒られているときからボーっとしていた節はあった。
間接的とはいえ、『好意はない』と言ってた女子に突然告白まがいのことをされたんだ。
そんなのを聞かされた後に先生に怒られる?誰かの問いに答える?
無理があるだろ。
「……すまん」
「別に私はいいですけど……どうしたんですか?なにか悩み事ですか?」
「…………」
どうやら本人には告白した自覚がないらしい。
前かがみだった姿勢を元に戻した辻野はキョトンと首を傾げてくる。
「あっ、言いにくいことなら全然言わなくても大丈夫ですよ!……ただ、私が原因なら言ってください。すぐに改善しますので!」
「……うん、ありがと。けど辻野さんには関係ないよ。自分の問題だからさ」
「そうなんですか?なら良いんですけど……」
どことなく懐疑的な瞳を向けてくる辻野さんは相変わらず首を傾げる。
ほんの数十分だが、俺なりにかなり長考した。
その結果、辻野さんのその『感情』とやらを気づかせないでおこうと思った。
理由としてはまぁ……色々とあるのだが、決定的になったのはこれからが『大変』になると思ったから。
だって考えてみろ?辻野さんの様子を見るに、初恋が俺だぞ?この痴女の初恋は俺なんだぞ?
(めんどくさいったらありゃしないし、いつ襲われるか分からん)
「……ん?今、すっごいひどいこと思いました?」
「いや?気のせいじゃないか?」
通常に戻った俺は自然に肩を竦め、こちらに睨みを向けてくる辻野さんの隣を歩いて抜ける。
「……ほんとですか?私の勘がビンビン反応してるんですけど……」
「勘はあくまでも勘だからな。気のせいだと思うぞ」
「確かに……そうですね……」
どことなく釈然としないでいる辻野さんは腕を組み、首を傾げながらも俺の隣を歩く。
「あ、辻野さん。アイス奢ってあげるよ」
これ以上詮索されても困るだけ。
そんな結論に至った俺は視界に入るコンビニを指差し、辻野さんの肩を叩きながら紡いでやる。
「は、はい!ありがとうございます!」
……多分、突然肩を触られたからだと思う。
ビクンッと肩を跳ねさせる辻野さんだが、アイスの欲に勝てなかったのだろう。半無意識的に顔を縦に頷かせる。
「ほんとアイス好きだよな……」
そんな辻野さんに思わず苦笑を浮かべてしまう俺は不意に頬を緩ませる少女を見下ろしながら紡ぐ。
「だって美味しいんですもん……!」
「まぁそれは分かるけども。親御さんと買い物行く度にアイス食べてるんだろ?なにが何でも食いすぎじゃね……」
「アイスのあのキーンってなる感覚あの楽しくないですか?そういうことです!」
「……どゆことだよ」
もしかしたらこの痴女にはM属性もあるのかもしれない。
だとしたら魑魅魍魎の類と言わざるを得ないのだが……いや、もう魑魅魍魎か。
頬を引き攣らせる俺なんて他所に、アイスのように頬が蕩け始める辻野さんは自動ドアから出てくるおじさんに気づくこともなく――
「――っと。あぶな……」
寸前の所で辻野さんの腕を引っ張る。
「……?、?……?」
さすれば辻野さんの頭上に浮かび上がるクエスチョンマークの数々。
「お?すまんな」
そんな辻野さんに軽く頭を下げたおじさんは、ビニール袋を片手に自動ドアから離れていく。
(完全に辻野さんに非があるのに……)
『良い人だ』なんて眼差しを光が反射する頭に向ける俺は、辻野さんを未だに胸に抱き寄せる。
「あの……そ、その……えっと……」
やっと我に返ったのだろうか。
頭上から疑問符は消えないものの、ワナワナと赤くなる頬は右往左往と見据えることのできない瞳と一緒に泳ぐ。
「あ、ごめん」
慌ててその体を開放してやった俺は半歩辻野さんから距離を取り、言葉を紡ぐ。
「怪我はない?結構強引に引っ張ったから痛いとこがあったら言って?」
突然のことだったが故に、力の加減をすることができなかった。
普段から辻野さんに力負けしてる俺とはいえ、握力は50超え。
その辺の帰宅部よりも確実に握力は強いはずだ。
そしてゴリラとはいえ、辻野さんの肌は女性そのもの。
流石に50もの握力で腕を掴まれたら痛みを生じると思うのだが――
「い、いえ……その……。や、やっぱり……求めるよりも、求められる方が好き……です……」
「……は?」
この状況で一体なにを言ってるのやら。
真っ赤に染めた頬は俺と目を合わせることはなく、捨て台詞のように吐いた言葉を置き去りにしてコンビニへと入っていく。
痛がる素振りのひとつも見せず、乙女の顔を浮かべながら。
「……うん、本気で勘付かせないようにしないとな……」
M属性が確定したあの
確かにラッキースケベを求める俺と、触られるのを望む辻野さんとの相性はいいのだろう。
……だがな?それはそれ。これはこれ、だ。
仮に『好きです』と言われたとしよう。
けれど俺は『好きじゃないです』と返すことだろう。
その結果、どうなるのか。
(……答えは『追いかけられる恋をされる』だ)
そうなってしまえばお互いに求めているものが手に入れられず、破滅するのは目に見えている。
だから俺は是が非でもこの関係を保たなければならない。
「さ、崎守くん……!早く来てください……!」
先にアイスを選んでいるのかと思えば、わざわざコンビニの外にまで出てきて俺を向かえに来る辻野さん。
その顔はやはり赤く、黒縁メガネはこちらを向いてくれるが、泳ぐ目は中々見据えてくれない。
「先選んでてよかったのに」
「崎守くんと同じやつを食べたかったので……」
「……そか」
これは天然アタックなのだろうか。はたまた意図的のアタックなのだろうか。
……まぁ、前者だろう。
訝しむ瞳を浮かべる俺だが、それ以上はなにも考えることなく、先に自動ドアを潜る辻野さんの後ろを歩いていく。
「あっ」
そうして聞こえるのは入口付近でとある物を見つけた辻野さんの口から。
「ん?どした?」
辻野さんが見る視線は棚の一番下。
そんな視線に釣られるように俺もそちらに目をやり――
「朝部屋にあったやつだ〜」
その
――そして手に取りやがった。
赤く輝くその物を。『0.01』とでかでかと書かれたその文字を。『極薄』と書かれたゴムが入った箱を!
「これってなんだろうね?」
唖然と言葉が出ないでいる俺に、不意に顔を向けてくる辻野さんはその物を顔の横に置いて見せつけてくる。
さすれば当然集まる周りからの視線。
たまたま居合わせた同じ高校の制服を着た女子たちからは「彼女にゴム買わせてる……」だとか「サイテー」だとか。
小さな子供からは辻野さんと同じように「あれなに〜?」と親に聞く始末。
「……さぁ?」
そんな状況に陥れば当然誤魔化すことしかできず、視線を逸らした俺は周りに頭を下げながら辻野さんの手からその物を取り上げた。
「やっぱり崎守くんも知らないんだ」
純粋無垢な少女は俺がそれを取り上げたことに対して特に疑問を抱かなかったらしい。
「私の部屋に同じものがあるから調べとくね?」
善意なのだろう。
ほほ笑みを浮かべる辻野さんは「よいしょ」と口にしながら腰を上げ、スカートのシワを払いのける。
「……いや、調べなくて良いよ。……というかそれ、俺のだからまた取りに行く。だから絶対に開けないでくれ」
「え?崎守くんのなの?じゃあこれの正体も――」
「正体は知らん。だからさっさとアイス買って帰るぞ」
「……ふーん……?」
言葉を遮ったからだろう。
ぷくーッと頬を膨らませる辻野さんはこちらを睨んでくる。
だが、今すぐにでもこの場を去りたい俺は当然反応を示すわけもなく、踵を返してアイスのエリアへと歩いていく。
……アイスよりも冷たい視線を浴びながら。
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