第14話 子どもの作り方

「…………」


 教室で頬杖をつく俺は苛立ちをつのらせていた。

 何度も洗った左手をハンカチに擦り付けながら。右手で紙を握り潰しながら。


「……なんで優夜あんなに怒ってるの」

「し、知りま……せん……」


 隣から聞こえてくるのは和人と辻野さんのコソコソ話。


「……と、登校するまでは元気でしたよ……」

「登校するまでは元気だったんだ……。……え?登校するまで?」


 不意に聞こえてくる疑問なんてなんのその。

 こちらに手を伸ばしてくる辻野さんはツンツンっと俺の腕を突く。


「崎守くんどうしたんですか……?投稿中に読んだに変なこと書かれていたんですか……?」

「まぁ……そうだな」


 横目にそちらを見やりながら言葉を返す俺に、なぜか辻野さんは頭を下げてくる。


「す、すみません……。それ、ですよね……?私がちゃんと叱っておきますので……」

「あー……いや、うん。いいよ。今度あった時俺が直接言っとくから」


 この様子からして辻野さんはこの手紙の内容を知らないのだろう。

 というか知らないでくれ。ややこしくなるから。


『サプラ~イズ!』


 これはこの手紙の始まり。

 きれいな字で綴られたその言葉は俺の怒りポイントを見事に獲得し、次の文字へと続く。


 手紙に書かれていた内容を簡潔に言えば、今朝の『白い液体が入っていたゴム』に繋がる。


 というのも、『サプラ~イズ!』の続く言葉が『私が仕込んだ溶き小麦粉入りのコンドームはお気に召したかな?』というものだった。


 あれが俺の種……子孫たちじゃなくて良かったという安心感もあったのだが、それ以上に湧き上がるのは怒り。


 なーにが『サプラ~イズ!』だ。なーーにが『お気に召したかな?』だ!


(クソビビったわ!)


 更に小さく握り潰したその手紙をポケットにねじ込む俺は熱を逃がすように息を吐く。


「……まぁ、『なにもしていないことが分かって良かった』とだけ伝えてくれ。あと『もう二度とするな』という言葉も付け加えて」

「…………はい」

「ん?どした?」

「…………なんでもありませんよーだ」

「お、おぉ……?」


 リスのように頬を膨らませる辻野さんは、ふんっと鼻を鳴らしながら顔を背ける。

 普段は絶対に言わないであろう言葉を口にしながら。


「え待って?登校までってなに?辻野さんのお母さんとなにかあったの?」

「和人には関係ない話だな」

「はい。私と崎守くんの話です」

「え?辻野さん?タジタジの言葉はどこに行ったの?というか俺だけのけ者扱いは酷くない?」


 前の席で俺と辻野さんを交互に見やる和人。


 その顔にはなんともまぁ分かりやすい懐疑的な表情が浮かんでいるのだが、本当に和人には話す気はない。


(というかピュアなお前は避妊具の存在すら知らんだろ)


「え、優夜?今すっごいひどいこと思わなかった?俺、それなりに知識はあるよ?」

「…………じゃあ子どもはどうやってできる?」

「そりゃぁあれだよ!」


 俺の質問に自信満々に胸を張る和人はピッと天井に人差し指を立て、クルクルと回し始める。


「……なんだよ」

「え?今ここで言うの?」

「恥ずかしいなら小声でも良いぞ」

「えぇ……。じゃ、じゃあ……その……」


 指の動きがぎこちなくなる和人は絵に描いたようなピュア。


 キョロキョロと自分に集まる辻野さんの視線と俺の視線を交互に見る和人は言いづらそうに俯く。そして、


「キ、キス……で、できるん……だろ……?」

「残念ハズレ。保健体育の勉強を良くするように」


 なにをどう生きてきたらそんなにピュアになれるのかが逆に分からん。


「違うのか!?」

「違う」


 俺の言葉に目を見開く和人はこれまた大げさに机に手を付き、ズイッと顔を近づけてくる。


 流石に家族が女性しかいないとはいえ、子どもの作り方ぐらいは教えてくれるだろ。というか中学の保体で習わなかったのか?


 そんな俺の疑問なんてピュアな男には分からないのだろう。

「知ってた!?」と隣りにいる辻野さんに見開いた目で問いかける和人は――


「……え?コウノトリさんが運んでくるんじゃないの……?」

「あぁ!そっちか!!」


 ――バシッとデコを叩いた。

 なにをどう生きていたらその結論に至るんだ。


「……辻野さんもハズレ」

「「え?」」


 2人同時にキョトンとした顔でこちらを見てくるピュアども。

 和人はともかく、なんで辻野さんは知らないんだよ。


 痴女だろ?痴女なら保体の勉強はしとけっての。


「今日家帰ったら親御さんに聞きな。それか先生に」

「……崎守くんは教えてくれないんですか?」

「…………もう俺の手で純白の人間を黒に染めたくないんだよ」

「なんだよそれ。いいじゃん教えろって〜」

「絶対無理。というか手元にあるスマホで調べれば早いだろ」

「俺、制限掛かってて調べごとあんまできないんだよね」

「…………なら尚更親に聞け」


 こいつのピュアは制限から来るものだったのか……。


 高校生にもなって制限が解けないというのは少々過保護がすぎると思うのだが……まぁ、うん。親の育て方にとやかく言うつもりはない。


「私からもお願いします。教えてください。崎守くん」

「やだよ。辻野さんにだけは1番教えたくない」

「ど、どうして……!?」

「どうして……?それ以上己の手で悪に染めたくないから……?」

「わ、私って悪だったんですか……!?」

「うん」

「即答……!?」


 目を見開く辻野さんはギュッと俺の制服を摘んでくる。


 そして上目遣いでこちらを見上げてくるのだが、そんな事をされても当然教える訳もなく、降り注ぐチャイムに耳を傾けた。


「授業始まるぞ?」

「今は子どもの作り方です!」

「だから親に聞けっての……」

「崎守くんだけ知ってるのずるいです!」

「そうだそうだ!教えろ!」


(なんでこの話題で俺が少数派になるんだよ!)


 そんな苦悩を抱えていれば、不意に教室の扉が開かれ、助け舟が顔を出す。


「そろそろ席座れー」


 チラッと横目で先生助け舟に目を向ければ、続くように辻野さんもそちらに目をやり、そして袖から手を離す。


「……いつか崎守くんの口から聞き出しますからね……!」


 そんな捨て台詞を吐きながら。


「……俺も優夜から聞き出すからな……!」

「はいはい頑張れ頑張れ」


 教える気なんてさらさらない俺は適当に言葉を返し、教卓の前に立つ教師に目を向けた。

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