空夜の手帳

菱川

第1話

私は、貴方を愛していました。

右手首は今でも痛みます。左耳も聞こえません。

字を書くのもままなりません。

貴方の書く美しい字をいくは真似ても、私には書くことができません。

貴方の手入れしていた綺麗なお庭も、すっかり廃れてしまいました。

今でも、少し思っています。

無理して文を書くこと、お庭の手入れをしないこと、髪の毛がぼろぼろなこと。

その全て、何処からか貴方が現れて私を叱るんじゃないか。

それなのに、貴方は微笑むだけ。

だから、無理してでも字を書きます。

そうじゃなきゃ、貴方には届かない。

書いて、書いて、書いて、書いて。

いつの間にか、目から雫が落ちて水たまりをつくるんです。

乾いた水跡が、いくつもあります。

貴方ならきっと、机を拭いて私の頭を撫でてくれるでしょう。

そして、温かいマグカップを渡して、また微笑むんでしょう?

だけどね。それでもね。

もう、少しだけ諦めていました。

いくら書いたって、貴方は褒めてもくれない、叱ってもくれないんだって、本当は気がついているんです。

でも、やめたら終わってしまう気がして。

だから怖くてやめられません。

手帳ばかり抱きしめて、気絶するように眠ります。起きたら、また書きます。

もう、四十九日も経ちました。

部屋から出る気力もありません。

何かを食べる気力もありません。

私はただ、書き続けるだけです。

時々痛む右手首で気を保つ。

そうじゃなきゃ、貴方は怒ってしまう。

きっと、物凄く悲しそうな顔をして。

だから、だからね、だからきっと。

私はずっとこのままなんでしょうね。

わかるんです。もうだめなんだって。

だったら少しでも、同じ香りを纏いたい。

廃れたお庭から一輪だけ、白百合をつんで。

窓辺に置くの。

そうしたら、きっと気がついてくれる。

だから、気がついてね。

愛する、憎き貴方へ。

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空夜の手帳 菱川 @akubi-0119

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