美食家の彼女

美食家の彼女

 三年で、三人の被害者が出ている。


 いや。まだ僕がその三件の不審死にある関連性に気がついた、と言う段階でしかないが……。


 彼らは全員、死亡後の数時間以内に鋭利な刃物で臓器を切り取られ、何者かに持ち去られている。








「──さ。お仕事のことはいったん忘れて、ご飯にしましょ」


 彼女の手による豪華な料理が、これでもかと今日もならぶ。


 魚や肉は彼女が厳選し、野菜などは菜園をかりて彼女自身が手塩にかけ種から育てた新鮮なものだ。そのうえに──、


「さあ! どうぞ、めしあがれ」


 ──この笑顔だもの。今夜も僕は死ぬ気で、このご馳走の山を胃袋に詰め込むしかない。




 とは言え、彼女も仕事をしている。


「だから……、たまにはいろいろと、息抜きをしてくれていいんだよ?」


 優しさのつもりで僕は言ったが、世の中にはこう言う言葉ですら逆にの意味に受け取る人もある。


「──や、いや。デッカマックをまた食べたいとか、そう言う…… 意味じゃないんだ、純粋にきみが毎日、たいへんじゃないかって思って。ほら、弁当も毎日だし」


 でも彼女は、


「いいのよ。わたしはね、美味しそうに食べてくれるあなたじょ顔も、膨らんでいくおなかを見るのも、楽しみなんだから。苦労なんて感じていないわ」


 そう、向かいの席で笑顔を見せてくれる。


 僕は幸せ者だな。


 ──しかし。解せないのは、彼らも、死の一年前までは健康体だったことで……


「……となると、移植用、か」


「ほらぁ、また仕事のこと考えてる……!」


 彼女はむくれた。


「あ。ごめんごめん、てゆうかさ、署の健診で僕もついに脂肪肝って言われちゃったよ。運動しなきゃだね」


「だめよ! ……わたしはあなたの体型が好きなんだから。そのままでいて」


 彼女は冗談とも本気ともつかない顔で微笑みながら言う。でも刑事の目だからわかる。僕の彼女は心底、そう思っている。


 僕はグラスを置き、ひとつ、冗談を言ってみた。


「なんだぁ、じゃキミは、僕とはカラダめあてなんだな?」


 僕たちは、ふたりして笑った。





「でも。難しい事件なの? ──めずらしく眉間に縦筋なんかいれて、考え込んじゃったりして……」


「……うん」


 被害者の共通点は、死の一年前まで抜群の健康体であったこと。そしてタバコ、アルコール、薬物、既往歴、どれもがクリーンでスポーツマンで。そんな健康優良な若者達が、示し合わせたように死のちょうど一年前から急激に体重を増加させ、眠るように冬山で息を引きとる。そしてその直後、何者かによって肝臓を摘出され、そのまま雑に遺棄されている点だ。




「──怖い事件ね。でもストレスはカラダによくないのよ。考えこみすぎないでね」


「うん。ありがとう。ところでさ、」


 僕らも、もうすぐ出会って一年になる。


 心配げに眉を下げている彼女の目に、僕は微笑んだ。


「こんど、休みをとるから、どこかに美味しいものを食べ行こうか」


 彼女は目を輝かせて喜んだ。いや、でも珍しいな。手作りにこだわる彼女が外食を喜ぶなんて。まあいいか。


「場所と料理はきみが選んだらいいよ。電車でも、飛行機でも」


「嬉しい! じゃあ、わたし、そろそろ雪を見たいな……。静かな山のコテージでも借りて、わたしが料理するわ……!」


「ははは。だろうと思ったよ。じゃあレンタカーを借りよう。僕が運転していく。でも食べたいものはさすがにキミが決めてね。大好きなものを用意して行こう。──でも、冬だったら、そうだなぁ」


 彼女は、うっとり陶酔したような目で僕を見た。


「……そうね。そろそろ、フォアグラが季節なのよね」


「いいねえ!」




 素敵な夜にしたい。


 僕にも、そろそろ彼女に、渡したいものがある。


 







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